照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

ベートーベンの小道を歩く〜ウィーン

シェーンブルン宮殿前庭の小高い丘に登ると、反対方向にブドウ畑らしきものが見 えた。ウィーンは地方都市どころか首都なのに、こんな近くにブドウ畑があるんだと嬉しくなって、ちょっと行ってみようかと電車に乗った。

 

中心部から電車で30分ほどだ。それがホイリゲで、ワインを飲ませる店が連なっている。ガイド ブックによれば、その周辺はベートーベンとも縁が深く、ベートーベンの小道と呼ばれる散歩コースもあるではないか。

通勤、通学の人々で混雑していた車内も、終点のグリンツィングで皆が それぞれの場所へ向かってしまうと静かになってしまった。 通りを外れて住宅街に入り込むと、さらにひっそりとした。

ブドウ畑への 道も分からず、ベートーヴェンの小道への行き方など見当もつかず、どうしたものか と建築中の家を眺めながら佇んでいた。高い所で作業中の職人さんに聞くわけにもい かないし、聞くための言葉も持たない。その時、長い坂道を登ってくる老婦人に気づ いた。

「グーテン モルゲン」と挨拶してから、「ベートーヴェン」を連呼する。身振り手振りをフル活用のコミュニュケーションで、ブドウ畑の側にある霊園に、ご主 人の墓参りに行くということまでは解った。この程度のやりとりでも、この機会を逃しては大変と、途中までご 一緒させて頂くことにした。

おかげで小川のほとりの散歩道や、ベートーベンの像があるところまでは何とか 辿り着いた。その辺りまでくると、散策する人の姿もちらほらと見られるようになり 心細さも消える。クラッシックの世界には浅い私であったが、気分はすっかりベートーベンに浸っていた。

当初訪れる予定がない場所でも、このように思い立つまま柔軟に行き先を決められ るのが一人旅のよさだ。 ハイリゲンシュタットの駅で電車の出発を待っていると、先ほど道案内してくれた方が乗って きた。結構距離もあるのに、墓参の後こちらまで歩いて来たんだと内心驚いたが、この方にすれば、いつものことだったのかもしれない。思えば、老齢ながらGパンをお召しだったので、活動的な方なのかもしれない。

お礼を申し上げただけで、話をする事はなかったが、こんな時に多少 でも言葉ができたら、どれだけ豊かな旅になったことかと思う。でも、ヴァッサーが水とは、文字にすれば見当も付くかもしれないが、私にとってドイツ語への道は途轍もなく遠くに感じられてしまう。単なる言い訳に過ぎないか?