照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

シェーンブルン宮殿〜せっかく来たのだからと訪れてはみたものの・・・

宮殿の類には格別の興味もなかったが、シェーンブルン詣での長蛇の列に並び、チケットを購入した。価格が高いほど便宜が計られるようだが、最短コースを選んだ。

 

入場から待遇が違う。後から来る人が次々と入るのを眺めながら、係員にアピールするも待ての指示ばかり。なるほど、価格の違いとはこういうことであったかと初めて納得。だが、全部のコースを回ることに興味はないのに、高いお金を払う気にはなれなかった。私としては、ほんの暇つぶし程度のつもりだ。

 

ようやく、チケットに記載された時間となって中に入れた。しかし、見始めたものの、やはり興味は湧いてこない。これじゃ暇つぶしどころか、ただストレスになるだけだ。見学は早々に諦めて駆け足で回ろうとしたが、観光客でごった返す宮殿内では、前に出ることすら難しい。

 

丘に登っている場合ではなかったと、少し悔やまれる。朝一番に来たのだから、逆にすればもっと空いていたはずだ。とはいえ、宮殿内見学は、当初まったく予定しておらず、急遽決めたのだから仕方がない。

 

それにしてもハプスブルク家の富と権力は凄いと目眩を覚え、無意識にバランスを取りたくなったのか、帰りは庶民の台所ナッシュマルクトをぶらぶら歩く。初めて目にする色と形の食品に、その調理法を想像したり、食事する人のお皿に目を走らせたりと楽しい。さて、私は何を食べようか。

 

食事を待ちながら、 頭の中にヨーロッパ地図を広げ、ウィーンの場所を確認する。このような地から、どのようにして帝国を築いたのだろう。帰国後、 江村洋著『ハプスブルク家講談社現代新書が、疑問に答えてくれた。

 

女帝マリア・テレジアと、その娘マリー・アントワネットに更なる関心が高まった時、シェーンブルン宮殿をじっくり回るのもいいかもしれない。関心がないのに、せっかく来たのだからついでに見ておこうかでは、ただ疲れるだけでまったくの無駄だ。

 

絵を見る事だけが目的の旅は、美術館巡り以外のプランはなく、すべてがその日の気分次第。ガイドブックも機内で初めて広げるという予備知識なしの旅は、むしろその地に立ってから、好奇心が刺激される。だから庭など散策しているうちに、ふと宮殿内にも入ってみようかとなったのだ。

 

人が10ヶ所見て回るところを、私の場合は2、3ヶ所と少ないが、足が記憶してくれる旅となる。だから何年経っても、それらが細かい部分まで鮮やかに蘇ってくる。これが私の旅のスタイル。どこそこと言ったら、なになにでしょうというツアーの王道(かな?)からは、敢えて逸れてみるのもいい。この宮殿巡りで、改めてそれがはっきりした。