照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

描かれた場所に立つ意味を思う〜ゴッホ 『アルルのラ・クロー 花咲く桃の木』

コートルードギャラリーで、ゴッホ(Vincent van Gogh)描く桃畑の絵を見た。遠景に山々が連なる穏やかな色調の『アルルのラ・クロー 花咲く桃の木』は、日本の風景を連想させて、懐かしさを覚える。柔らかい雰囲気が心地よい。

その他にも優しいタッチの絵、例えば、『昼寝』(オルセー美術館)や、『花咲くアーモンドの枝』(ゴッホ美術館)の前に立つとほっとする。『昼寝』の前では、ゴッホも家庭生活に憧れていたのだろうかという思いが頭を過ぎる。積藁の側でつかの間の休息を取る農夫と妻の姿に、ゴッホの想いを探る。

弟テオへ宛てた手紙を読んでいると、ゴッホの頭の良さが窺える。思い込んだら一途の性格が災いしてか、狂気の面ばかりが取り上げられがちだが、ゴッホの別の部分へも焦点が当てられる事を願う。勝手な思い込みによる行動は、どこかドン・キホーテを想わせて、ユーモラスでさえある。

ヒースロー空港から市内へ向かう地下鉄。 隣り合わせたイギリス人に問われて、美術館巡りのためロンドンを訪れたと話す。 すると、 「日本にも美術館はたくさんあるだろう」と 、つくば市に住んでいたという男性は言う。

だが、その場所に立って、色彩を、風を感じなければ解らないこともあると思ったが、黙っていた。咄嗟に言えるほどの語学力もなかったが、言っても理解されないこともある。

空の色や湿度の違いといった空気感のようなものは、ヨーロッパと日本では全く異なっている。時代背景は違っても、描かれた場所もしくはそれに近い景色の中に立つのは、無意味ではないと思う。


ヨーロッパを一括りにする事には無理があるが、それでも日本とは大分趣きが異なる。アルルを日本と見立てて移り住んだゴッホだが、模写した浮世絵から立ち昇る空気は、日本ではない。場所に立つとは、その感覚を知ることだ。