照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

プラハからドレスデンへ  街歩き再び

プラハ二日目は、もう一度城に行くか悩んだが、24時間キップの有効活用という経済的理由を優先、ヴァーツラフ広場へ向かった。
 
月曜の朝、職場に急ぐ乗客に混じって地下鉄に乗った。構内のパンさんに並ぶ人がいるとすかさず覗く。乏しいチェココルナで買える美味しそうなパンを選び、水と併せてすべて使い切る。
 
地上に出て少し歩くと、国民博物館がある。その前からゆるやかに下る大通りが、ヴァーツラフ広場であった。ここで何が起きたのか、「プラハの春」という言葉しか知らない私には、想像できなかった。
 
プラハ城の方角に目をやりながら、むしろ関心は、ルドルフ二世にあった。なぜウィーンからプラハへ宮廷を移したのかが、疑問であった。美術館は休みだが、やはり城へ行くべきであった。
 
前日にもまして肌寒い日、ドレスデン方面への列車を待つ間、どうしてこんな旅程にしたのかと思っていた。少し慌ただしい。
 
往路と同じ風景も、隣り合う人によって味わいが異なってくる。旅行なのか、帰省なのか、それぞれ大量の荷物を抱えて乗り込んだ女子高生集団と一緒になった。私はあたかも引率の教師のごとく、彼女らに取り囲まれてしまった。とにかく賑やかだ。どこまでこの状態が続くのかと思っていたら、やがて、皆寝てしまった。静かだ。
 
ラテン系なのか、はっきりした顔立ちはエキゾチックだ。私がドレスデンで下車する時だけ、目を覚まし挨拶してくれた。荷物を棚にあげる手助けをしただけなのに。情が湧く。
 
ドレスデンの気候は丁度良く、歩くにはうってつけだった。タッシェンベルグバレー ケンピンスキー へ着くと、「一昨日も・・・」と聞かれた。こんな非効率な客は少ないのかもしれない。
 
今回案内されたのは、最上階だった。高い所に一ヶ所窓があるだけの部屋は、やや薄暗く、屋根裏部屋の雰囲気濃厚だ。急にメイド待遇になったのかと、椅子に乗って外を見れば、どの部屋も同じ作りのようだ。途端に気分は、フェルメールの『窓辺で手紙を読む女』だ。
 
月曜開館の美術館に行くつもりでここへ戻ってきたのだが、急に街歩きがしたくなった。 第二次世界大戦で破壊しつくされたドレスデンは、今尚修復中だ。大きなクレーン車がそれを象徴している。
橋を渡って、新市街の方まで目的もなく歩いた。
 
たくさんの紫陽花の植え込みに出会った時は、理由もなく嬉しくなった。急に愛国心が芽生えたのか。陶磁器コレクションにも、ヨーロッパを夢中にさせた日本の器はたくさんあったが、私にとって、日本原産の花を見つけた時の方が喜びは大きい。
 
旧市街へ戻ると、小学生の列に出会った。いたずらっ子たちを眺め、先生に会釈する。微笑ましい姿は、どこの国でも一緒だ。先生も苦笑する。
言葉を交わすことはないが、人々の日常を眺めているのは楽しい。
 
肉屋さんの店先でソーセージを頼み、人々に混じってテーブルの側で立ったまま食べる。近くの工事現場で働いているのか、皆さん食欲旺盛だ。その後、果物屋さんで、夕食用に多少の買い物をしてからホテルへ帰る。
明日はまたベルリンだ。