読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

パリにて  その2

絵画

パリでは、ルーブル美術館側の、その名もホテル・ド・ルーブルに滞在した。美術館に籠るぐらいの意気込みで来たのに、絵を見る気力は失せていた。街全体が大きな美術館のようなフィレンツェに、魂はすっかり奪われていた。

 

結局パリでは、あちこち歩き回るだけであった。公園のベンチで人々を眺めてるのも、心が寛いでよかった。そんな時、砂場で保育園児を遊ばせながら、時々ポケットのお菓子を食べている保母さんを目にして驚いた。だが、お菓子を欲しがる子供がいない事にはもっと驚いた。日本だったら、大人が食べていれば子供も必ずねだるであろう。

 

日本人から見ての良し悪しはともかく、自由だと思った。個人主義が浸透している国だからなのか、それとも稀有な一例か。ふと、かつて見たこの国のドキュメンタリー映画『合唱ができるまで』を思いだした。

 

アマチュア合唱団の、クリスマスコンサートのための練習風景を淡々と描いただけの映画だ。小学生から成人までのクラスを、それぞれに分けて指導する。そして、コンサート前日の全体でのリハーサルは、素晴らしい出来栄えとなった。団員ひとりひとりの達成感がこちらへも伝わってきて、そのラストシーンに涙がでた。

 

小学生クラスの指導シーンが、日本と違いすぎているようで殊に印象深かった。個々への指導中は、当事者以外の子が何をしていようと意に介さない。だが、全体を集中させる時のテクニックは見事だ。年齢構成により指導方法も異なるが、どの層に於いても個人の可能性を引き出す指導力に、教育の原点を感じた。

 

バラバラの者を一瞬でまとめる力に感服すると同時に、バラバラでいいという意識はどのように育まれるのだろう。この国の人々の生活に、個人主義はどのように溶け込んでいるのか私には語れない。たった一つのエピソードから、全体を推し量れるとも思わない。ただ、他人の目に無頓着な生き方は、自分に合っていると思っていた。楽かどうかを問われれば、個で生きるより全体の中に紛れていた方が断然楽な気がする。

 

旅は人を内省的にしてくれる。とりとめもなく想いは膨らむが、ホテルへ戻ろうと立ち上がる。明日はパリともお別れだ。出発が2時間早まったので今晩は早く休もう。