照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

文章を書くという事

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小学生たちが教室の窓から顔を覗かせている雰囲気  塀の上の花々
 
文章を書くという事は、料理する事に似ている。素材を見つけても、そのままでは食卓に出せない。先ず献立を考え、それに沿うように素材を切り、調味料や出汁を選び、火を通し、最後に味を整えて仕上がりだ。書くためにも、同様の手順が必要となる。
 
いざ食卓へ乗せても、食べる人の反応が気になる。この辺りも同様だ。相手の好みとこちらの伝えたい事が一致しない場合もある。開高健は、「小さい説を書いて飯を食うてます」と言っていたが、その説が待望される程になれば反応など気にしないだろう。しかし自分のように求められてもいない者が、ささやかな思いや考えなど表明する事に意味があるのだろうか。書き続ける事で、僅かでも誰かの力になれるのだろうかという自問は常にある。
 
説に頷いた者として、大きな存在を例えに出してしまったが、もちろん自分とは比ぶべくもない。だが少数ではあっても、私の時々の思いを読んで下さる方々の存在は有難い。三ヶ月間は毎日書き続けようと始めたブログも、おかげさまで達成する事ができた。ただ皆様への感謝あるのみだ。
 
絵画館巡りの旅を題材にすれば、何とか書けるかと安易に始めたが、それ程単純ではなかった。旅の記憶は蘇ってくるが、それを文章にするのは、新たに自分と向き合う作業でもあった。
 
ルート選びからアクセスついての詳しい情報、絵画や風景を上手に紹介した写真はネット上に溢れている。そのような中で私に書けるのは、その場所で自分がどう感じたか、何を考えたかという事に尽きる。誰でも簡単に調べられる事は検索してもらおうと、最初は敢えて絵や写真は使わなかった。今では写真に文章の不足を補ってもらうようになったが、他所で得られる情報は省くという今のスタイルはこれからも続けていきたい。
 
日々の暮らしや旅先で感じた事を、どのように深め、組み立てて、自分の言葉としてお伝えする事ができるだろうか。今後の私の課題であり楽しみでもある。