照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

ボイストレーニングは奥深い

先週の土曜日は、今年初のボイストレーニングの日であった。年末年始の休暇中に宿題が出されていたが、私は全くやっていなかった。発生練習をすれば先生には直ぐ解る。もちろん叱られるはずもないが、バツが悪いので、土曜日が近づき慌てて練習を始めた。新学期を前に、泣きべそをかく小学生の気分だ。

自分としては付け焼刃ながら成果があったと思い、まずまずの気分で教室へ入った。いざ声を出そうとして愕然とした。うまく声がでないのだ。改めて姿勢から指導を受けて、横隔膜を使っての練習となった。発生練習の後でどのような感じかを問われた。「筋肉を使った感じがします」と答えながら、宿題をさぼっている間に何もかも忘れていた事に気づいた。慌てて始めた練習など、まさに付け焼刃でしかなかった。口先だけ使って、声を出したつもりになっていた事がよく解る。

すると先生が、「例えば何もしないで身体を動かさないでいたら、筋肉は1日に1%づつ落ちるそうですよ」とおっしゃる。運動選手をはじめ筋肉を使う人は、日々トレーニングを欠かさないと聞いてはいたが、声も同じ事だとだいぶ遅まきながら理解した。良い姿勢で、筋肉を正しく使わなければきれいな声はでない。首や肩周りの筋肉が凝っていてもだめだ。

今回は、凝りなど全くないつもりで張り切って出かけたが、自分が思うより身体は疲れていた。また、発声する際、自分の身体の癖がでてしまうことにも気づかされた。先生は、ここへレッスンに通う方それぞれに、仕事でどのような筋肉の使い方をしているか職業の特徴が表れているとおっしゃる。私も一瞬、リハビリに来ているかのような錯覚に捉われる。レッスンが進むにつれて凝りもほぐれてゆく。ようやく声も出るようになる。
毎回、チューニングが必要なんだなと思う。

身体のメンテナンスもまた、日々必要だと痛感した。身体全体に少しづつ蓄積されてゆく凝りや歪みも、早めに対処すれば病気にまでは至らない。自分ではやっていたつもりであったが、使う度こまめに部分の修正まではしていなかった。身体が鈍感になっていた事も解る。これからは仕事中にも、ちょこっとストレッチを取り入れよう。それと、身体の癖についても考えさせられた。自分の仕事や人への向き合い方、云うならばこれまでの生き方が、姿勢にはすべて表れているように思えた。ボイストレーニングは、実に奥深い。

宿題を忘れた小学生気分はどこへやら、いざ歌い始めると、俄然歌姫になりきるから我ながら可笑しい。次のレッスン待ちのお子さんや、別の楽器担当の先生が入ってきても気にならない。皆さんにお聞かせしましょうの心意気だ。自宅に帰っても、「正しい姿勢と筋肉の使い方を忘れないように、早めに練習してくださいね」の言葉に素直に従う。だが、ボイスレコーダーで知る現実は厳しく、本物の歌姫になるには、今世紀末でも無理かもしれないと自覚する。それでも声を出すのは楽しい。身体も心も軽くなるボイストレーニングは、私にとって最良の健康法だ。