照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

映画『マルタのことづけ』に寄せて

昨年の秋、メキシコ映画『マルタのことづけ』(クラウディア・サント=リュス監督)を見た。盲腸で入院したクラウディアが、不治の病を患いながら4人の子を育てているシングルマザーのマルタと、病室で出会う。退院の日、迎えの者もなくひとりで歩いているクラウディアを見たマルタは、その孤独を察し、自宅での食事に誘う。だが、マルタ以外からは歓迎されない雰囲気に、彼女も初め居心地が悪かった。

退院したのも束の間、マルタは再び入院してしまう。帰りそびれたクラウディアは、行きがかり上、その家族と暮らし始めることになってしまった。いつしか皆から頼りにされるようになった彼女は、4人の子それぞれとの関わり合いの中で、自分自身もまた閉じた心を開いてゆく。

やがて、マルタの命が尽きる日が来る。彼女も最初は、病気を嘆き悲しんだとクラウディアに話す。しかし受け入れようと決めた時から、死をも恐れなくなっていた。そして最後の日まで、楽しく過ごそうとする。海で遊んだ日の夜、病状が急変したマルタは旅立つ。

若いクラウディアが、孤独感漂う部屋で朝食のシリアルを食べるシーンから始まるのだが、その暗さに、どのような映画なのかと身構えた。だが話が展開するにつれ、マルタの明るさ、前向きさが、スクリーンの前の者をも元気にしてくれる。これもラストシーンのクラウディアと対比させるためだったのかと納得する。

貧しい暮らしの中で身を寄せ合う、健気な家族の物語にしていないところがいい。病状が悪化してゆく母に、悩みを打ち明けられないでいる子供たちもまた、それぞれに辛さを抱えている。彼等にただ寄り添うクラウディア。寡黙な彼女だが、受け止めてもらえているという安心感が、子供たち同様こちら側へも伝わってくる。それぞれの問題は解決していないけれど、きっと自分の力で乗り越えてゆけると感じさせるエンディングであった。皆の表情が活き活きと輝いていて、重いテーマにも関わらず清々しく感じられた。

この映画の監督が女性だろうとの察しはついたが、マルタと同年齢位の方かなと思っていた。後で調べると31歳で、さらに驚きであった。監督自身が実際に出会い、一時期共に暮らした女性とその家族をモチーフにしたようだ。だがどのような経験があったとしても、本人に、深く物事を受けとめる力がないと、このような作品として結晶しないだろう。

残されたことづけののひとつが、「クラウディアをひとりにしないこと」であった。要求することなど何一つなく、ただ包んでくれるマルタの存在に、親も友人も恋人もいないクラウディアの孤独な魂はどれほど安らいだことだろう。温かさで満たされた心は、子供たちへの優しい眼差しとなって、今度は彼女が見守る側になってゆく。この映画はまさに、監督から、マルタのモデルであった女性へのお返しなのだ。監督であるクラウディアに重ねて映画を振り返っているうちに、これは、渾身の思いを込めたありがとうだから、観る者へもその愛が伝わってくるのだと突然理解できた。味わい深く、さまざまな事を考えさせてくれる映画であった。