照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

満員電車はストレスも満載

私の利用する私鉄電車の朝の混雑振りは相変わらずで、電車内やホーム、改札口でしばしば小競り合いが起こる。男性対男性ばかりか、男性対女性の時もある。年齢もさまざまだ。

昨日の朝も、JRに乗り換えようとホームへ降りれば、女性の金きり声が聞こえた。見れば二人の男性と一人の女性が、それぞれ駅員やガードマンに腕を押さえられている。先を急ぐ私は、気にはなるものの横目で見ながら階段を登ってその場を離れる。その数日前には、ガードマンに食ってかかっている50代がらみの男性を見た。こちらも、駅員数人に囲まれながらどなっていた。
 
先週は、同じ路線の乗車駅のホームで電車を待っていた時、小競り合いになりかけたことがあった。電車が到着してドアが開くと、50代とおぼしき男性が降り際に、隣に立っていた男性に殴りかかろうとした。殴りかかられた男性も手を挙げたが、双方共に回りの乗客に抑えられた。先に手を出した男性はしぶしぶホームに降りたものの、諦めきれないのか再び車内の男性に殴りかかろうとした。だが今度は、ホームにいた乗客におさえられてしまった。小競り合いによる電車遅延にでもなったら困ると、誰しも考えた結果だが、降りた男性はよほど気が済まないのか、電車が動き出してもずっと立ったまま車内を見ていた。
 
乗車してから、車内に残された人にそっと目をやってみた。降りた人と年恰好も背格好も良く似た男性であった。平然とした様子から、何があったかは窺い知れないが、手や肩がぶつかったとかの類であろうと推測する。皆ぎゅうづめの中で殺気立っているのか、ちょっとしたことで怒り出す。相手に文句を言わないまでも、急にぶつかられたりすると、つぶやくように怒っているのが聞こえる。

私は3線利用して通勤しているのだが、最初の電車とJR山の手線は、空間にややゆとりがあるせいか、このような事には滅多に出合わない。但し、山の手線などは車両や時間帯によって混み具合も違うので、私が目にしていないだけかもしれない。ちなみに私は、混雑回避と不測の事態に備えるためもあって、会社には始業時間の40分程前に着くようにしている。それでも2番目に利用する私鉄は混んでいる。
 
NHK・FMの午後の「きらくら」(気楽にクラッシック)という番組が好きで、良く聞いている。先々週の番組の中で、司会のふかわりょうさんが、「この頃は、水に流すということをしなくなったよね」と言っていた。電車内での揉め事に、ふとこの言葉を思い出した。確かに皆、ちょっとしたはずみで起きたことにも、自分の胸に収めるということをしなくなったようだ。「謝れ」とお互いが頑張りあってしまう。だがひとこと言わずには済まされないと思っても、偶発的なことなら水に流すしかない。胸に溜まった思いは、ふかわさんが言うように、音楽を聴くことで流してみるのもいいアイデアだ。
 
それにしても、フレックスタイムなどはどのくらい取り入れられているのだろうか。鉄道会社などが、どれほど時差出勤を呼びかけても、混雑がさほど緩和されていないのをみると、進んでいないのかもしれない。私の勤務先でも、フレックスタイムになる気配は全くないし、始業時間の変更すら話題にも上らない。東京ほど通勤に苦労しない大阪に本社があるためか、もしくは体質が古すぎて思い浮かばないのかもしれない。朝早く出社して、遅くまで居残るのが良しとされている節も多々ある。そのため、通勤時のストレスには、思いも至らない。
 
どこの会社でも、勤務形態にもう少し柔軟さがあればいいのにとつくづく思う。そうすれば、育児や介護といったさまざまな問題もかなり解決されるだろう。当然、会社員の働き方も変らざるをえない。家族との時間をどのように過ごすか、男性も真剣に考えるべき時ではないだろうか。会社での時間配分を見直すことから始めれば、自分の生き方そのものがずいぶん豊かになってくる。