照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

スミレに春を想う

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スミレ

このところ暖かい日が続いていたが、本格的に寒さが緩むのはまだ先だ。今日はまた冬の気温となるようだ。このように季節は、行きつ戻りつ人を焦らしながら進んでゆく。そのほうが、待つ楽しみがあっていいのかもしれない。通勤の朝、いつものように一駅手前から会社に向かう途中で、鉢植えのスミレとミモザアカシアのちっちゃな黄色の蕾を見かけた。春の兆しに、風の冷たさも和らぐ思いがする。単純な私は、このようなちょっとしたことで嬉しくなってくる。

ミラノの大学院へ留学中の方のツイッターに、室温4.7度を示す温度計の写真があって驚いた。岩手でも室温は、外気温プラス10度であったとも書いてある。私は暖房を使わないとえばっていたが、こちらの外気温プラス10度は、ミラノや岩手に比べるとかなり暖かい。東京など寒い内には入らないとさえ思えてくる。

私の部屋で、最低気温が10度を下回ったのは一度だけでそれも9.4度だ。通常はもっと高い。昨日の朝同様、今朝も16度以上ある。暖房なしで乗りきれるだろうかと、冬の始めに思ったことなど杞憂であった。電気ひざかけを使用することもなく過ごしている。暖房を止めていると、年を追うごとに寒さに強くなるのだろうか、それとも東京が暖かいのだろうか。

それにしても、昔はもっと寒く、春を待つ思いも強かったのではないかと思う。このような歌から、遠い時代へひととき思いを馳せてみるのも、優雅さのおすそ分けのようでいい。

山部赤人

春の野にすみれ採みにと来しわれぞ
野をなつかしみひと夜寝にける
                               (万葉集  卷八)

道端に、時々スミレを見かけることはあるが、今どきは、野にいっぱいのスミレなどなかなかお目にかかれない。幼子のように、野の花を摘むこともなくなった。時にはうらうらと、万葉の頃を想いながら野に遊ぶのもいいかなと思う。すぐには出かけられなくても、歌の世界に遊んで訪れる日に備えたい。

心持ち次第では、何でもできる。いつの時代へも、どこへでも行ける。ドラエモンのどこでもドアがあるようなものだ。そう考えると、季節や時空を超えて楽しみが広がってゆく。ほんの些細な喜びが、自分を豊かにしてくれる。今日はどんなサプライズが待っているかな。そう思うと、北風に踏み出す一歩も楽しくなる。