照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

仕事をとりかえたおやじさんー事務編

ノルウェー民話に『しごとをとりかえたおやじさん』というのがある。自分はいつも野良仕事で大変だが、おかみさんは家で赤ん坊の世話に牛の世話、食事の支度で楽そうだと思ったおやじさん。おかみさんさんの仕事のやり方に文句ばかりつけるうち、仕事の交代を申し出られる。

だが、いざやってみると、まったく上手くいかない。お昼になっておかみさんが家に帰ってくれば、煙突から通したロープでつながれた牛は屋根から滑って宙吊りになっている。家の中に入れば、赤ん坊を背負ったおやじさんが、自分に括りつけた牛のロープに引っ張られて暖炉で宙吊りになっている。お粥は鍋から吹きこぼれている。地下室では、栓を締め忘れたビールが溢れ出している。結局、慣れぬ仕事は大変と気付いたおやじさんは、野良仕事に戻る。

これと同様のことが、私の部署でも起こった。入院した同僚に代わって仕事をしてくれるのは、通常、業務関係の部署にいる人だ。急な事で、すぐには派遣さんが見つからず、それまでの繋ぎとして彼女に打診したところ、心良く受けてくれた。引き継ぎ期間はほんの一週間しかないが、私も同様の仕事なので教えられる。また、休む人の業務全部ではなく、私も含め、他の人へも仕事を割り振ったので、ピンチヒッターの彼女へお願いするのは1/3強だ。

部外者としてみていた時は楽そうに見えたのか、喜々として応援にきてくれた彼女も、2日、3日と経つうちに後悔し始めた。だが、同僚が入院してしまったため、やらざるを得ないと覚悟を決めた。忙しいのは嫌いじゃないと、日々張り切るのだが、仕事はなかなか捗らない。残業嫌いのはずだったが、残りながら頑張ってくれている。

そんな時ふと、人の仕事の大変さは、やってみるまで分からないものだと、『仕事をとりかえたおやじさん』を思い出した。同じ部署にいる私にも、同僚の仕事の大変さは、応援の彼女を手助けするまで思いが至らなかった。仕事には波があるので、いつも忙しいという訳ではないが、諸事情により、彼女の仕事の分担が増えていたようだ。昨年から彼女の職階も上がっていたので、やむを得ないかなという面もあったが、実際、業務が増えるのは大変だ。

慣れた仕事は誰でも手早くできるので、側から見れば楽そうだが、芝生を青く保つにはそれなりの工夫や努力があるのだ。会社でも、事務仕事などは固定化せずに、一定の期間で交代するようにすればいいと思う。そうすれば、誰でもいつでも、誰かの仕事を引き受けられる。また、同じ部署にいてさえ、仕事は多少異なるのだから、交代する事で改善点なども見えてくる。それに自分だけが大変ではなかったと相手への理解も進む。

今回の同僚の入院で、さまざまな事へ思いが及ぶ。また、一緒に仕事をする事によって相手への見方が変わったりする。応援の彼女を手助けしながら、そのちょっとしたミスに日々笑いが絶えない。業務にいた時には、思いもよらない彼女の明るく楽しい一面だ。同僚が復帰したら、応援の彼女の奮闘ぶりを話してあげたい。職場が今よりいっそう和やかになるだろう。