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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

絵は解らなくても心で感じさえすれば

2015・4月ローマ・フィレンツェ 絵画
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この幼子の楽しげに輝く笑顔、それに答えるマリア様の表情も優しい。彫刻にはほとんど関心がなかったのに、4年前、ここバルジェッロ国立博物館を訪れて以来少し興味が湧いてきた。今回フィレンツェで再訪したのも、ここだけだ。ドナッテロの作品を見たくてもう一度と訪れたのだが、以前気づかなかったさまざまな彫刻に出会えて良かった。

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この聖母子像は、比較的よく見られるタイプだと思う。幼子のやんちゃそうな様子を見守る母マリア様の表情が、ややとぼしい。また、マリア様はずいぶんがっしりした感じがする。膝の辺りからの衣服の様子に、ふと日本の仏像が浮かんだ。比較のために、いつの時代の作品か、制作年代をメモしてくれば良かったと今になって思う。どちらの作品も、作者の名さえメモしなかったが、私にとってそれは重要ではない。

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これはドナッテロの作品だが、親子共に穏やかな表情で、この前に立つと不思議な静けさに包まれる。母の顔に微かに浮かんだ憂いは、我が子の行く末を予感してだろうか。

表情や衣服の描き方に、時代の影響もあるだろう。だがそれ以上に、作品には画家の感性が表れているように思う。とりわけ女性や子供の描き方を見ていると、画家個人の思いが強く反映されているような気がする。

私に作品の巧拙は解らないが、それは、鑑賞する時には全く関係ない。その時々の自分の心の状態によって、見方もまた変わってくる。強く印象に残った作品でも、二度目も同様に心へ訴えてくるとは限らない。また、はるばる出かけてみても、展示作品が入れ替わっていたりする。絵画との出会いもまた、一期一会だ。今、この時しかないと思って見る。

絵画の背景を知るとより深く理解が広がるのも確かだが、それに惑わされてもだめだ。知識があっても、感性がなければ、心は豊かにはならない。研究者ではないのだから、自分なりの見方で、少しでも絵画に興味が持てたら、旅の楽しみもさらに広がると思う。

しかし、せっかくフィレンツェに行くからと、例え世に名高いウフィツィ美術館であろうと、興味がなければ無理にゆく必要はない。時間の無駄だ。でも、ほんの少しでも関心があれば、どこかの美術館をちょこっと覗いてみるのもいい。但し、有名美術館は、予約がなければどこも長蛇の列で、見る前に嫌になってしまうだろう。湧きかけた興味がしぼんでしまわないように、予約がお勧めだ。

旅の楽しみ方はいろいろ、人それぞれだ。もし、自分には絵は解らないからと、美術鑑賞に二の足を踏んでいる方がいらっしゃるならばと思い、生意気ながら私なりの見方を書いてみた。多少なりとも、参考になれば幸いだ。