照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

採用する側の「優秀」の基準って何?

会社が、「優秀」として採用した新入社員が、6月に入ってから辞めるケースが目立つという記事を読んだ。なぜかとの分析がメインであったが、それはありきたりの内容でさほど気を引かれなかった。私の関心はむしろ、採用する側にあった。といっても大層な事ではなく、どの辺りを見て「優秀」と判断したのかが知りたかった。

どのような理由付けをしようと、採用の決め手となったのは、やはり学歴かなと考えてしまう。期待を抱かせるハキハキした物言いや好感度の高い見た目も、背景によっては更に高まったりする。思い込みがそうさせるからだ。

だが、「優秀」と目した人が三カ月も経たずに辞めるという結果からすれば、人が人を判断するのは殆ど不可能に近いということではないだろうか。結局、その人の背景やパフォーマンスの高さで判断しているだけと判る。

生まれついての怜悧な人も、社会にはある一定の割合でいるが、大方は普通の人で、その能力に大差はない。つまり、普通から一歩も二歩も抜け出て優秀になるかどうかは、まったく本人の意識次第だ。また、何がきっかけで変わるかもわからないのだから、それを見抜くことは難しい。実際のところ、採用するのもされるのも、運としか言いようがない。

採用する側は、自分の会社の雰囲気に合っているくらいの気楽さで人を選べばいい。やがて優秀になるもならないも、その会社の先輩諸氏に負うところも大だ。つまり人物を見誤ったと思う前に、我が身を振り返らざるを得ない。スタート時、新人は皆50歩100歩だが、磨くことでいずれ光輝くようになる。但しそれも、配属された先の環境次第だが。

何れにせよ人と人との出会いは、所詮縁のもの。採用された側も、どのような職種であろうとその場で踏ん張れば、きっと何か掴めるに違いない。それなのに、三カ月足らずで辞めるなんて残念だ。会社を、いつか自分が羽ばたくための練習の場と見立てればいい。どこかで教わる機会がなければ、仕事なんてできるようにはならない。最初から何でもこなせるほど優秀な人は稀だ。

「優秀と思った新人は」的記事は、新入社員に対する感想が出はじめる今の時期によく見かけるが、面接での判断基準は相変わらずだろうなと思わせられる。結局人の目なんて節穴で、鋭い眼力の持ち主も稀だ。そこを自覚せずにいると、背景に目が眩んで、「優秀」な人と思い込むことになる。

人が人を判断するのはとにかく難しい。例え隣の部署でも、職種が異なれば人の仕事振りは見えにくい。同じ部署で、一緒に仕事をしてみて初めて判る事が多々ある。また、良くも悪くも、最初の印象とは大きくかけ離れる事もある。やはり人を知るには、ある程度の期間が必要だ。

今回は、自分が職場で日頃思うことに記事が重なって、とりとめもなく浮かぶことなど書いてみたが、だいぶ舌足らずになってしまった。これに類することについては、またいずれ改めたい。