照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

人には必要に応じて必要な助けが与えられる

今回は、戻ってきたイヤリングの話だ。

ある時、会社から帰ってすぐ、片方のイヤリングがないことに気づいた。電車に乗っている時は、確かにあった筈だ。

その日は、薬局に寄ろうと、一つ手前の駅で降りた。だが、さほどの距離ではない。街灯を頼りに、目を皿にしながら駅まで戻ってみた。まず、薬局に寄って事情を話し、購入した商品の棚の辺りを中心に探させてもらった。店員さんも、一緒に探してくれたが、なかった。

次に、駅に行くと、やや傾斜がついたところに、光る物が見えた。屈んでみると、私のイヤリングであった。見つかった嬉しさに、薬局へもお知らせして、弾むように帰宅した。

このイヤリングは、購入してからまだ1月半ほどで、そのため、とりわけ嬉しかった。きっと、まだ私に必要な物だから、返ってきてくれたと思えた。ちなみにそのイヤリングは、それから数年の間に、もう2度ほど外で失くしたが、2度とも出てきた。

それ以降は、イヤリングを付けるたび、落としていないか、それまで以上に確認するようになった。それが、付けて出た記憶がないにも関わらず、再び消えてしまった。家で、あらゆる場所を探してみたが、見つからず今に至っている。

私に必要な間は帰ってくるが、そうでなければ、多分、役目を終えたに違いないと思うことにした。物を落とすということは、あまりない私だが、同じ物が3度見つかるという経験も初めてであった。

前回、服を失くした話を書いたが、その後で、バッグの中に入れておいたストールを落としたこともある。但し、衣類を落としたのは、この2回だけで、どこかへ置き忘れるということもない。私はかなりそそっかしいタイプだが、持ち物には割と慎重だ。

その時は、拾った方が、すぐ私を追いかけてくれた。だが私は、気づかないまま改札に向かって歩いていた。すると今度は、改札口から出て来た方が、後ろと、私に教えてくれた。この時は、親切のリレーのおかげで、助かった。

このストールは、2枚しかないうちの1枚で、私にとっては必需品であった。また、このストールの上には、上着を置いていたのだが、そちらは落ちることなくそのままバックにあった。中にあった物がなぜ落ちたのか、それもちょっと不思議だ。

このように振り返ってみれば、人に必要な物は、役目を終えるまでは、失くしても返ってくるようになっているのだと、改めて感じた。そして、役目を終えた時、自ずから去ってゆく。

人や物ばかりかお金も同様で、本当に必要な時には、思いがけないところからまとまってやってくる。(但し、私は宝クジは買わない。尚言い添えるなら、真っ当なお金だ。)いずれも、単なる偶然かもしれないが、人には、必要に応じて、必要な助けが与えられると信じていた方が幸せだ。