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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

幼い子は親の言葉をよく聞いている

通勤途中、信号待ちをしていると、保育園に向かう自転車の親子連れが横に並んだ。すると、前の座席にいる3、4歳くらいの女の子が、反対側の信号を渡っているお友だちのママを目ざとく見つけた。そしておもむろに、「どこへゆくのかしらね」と言って、行方を目で追う。
 
大人びたそのセリフに、つい笑いそうになってしまった。子どもは、本当に大人の言う事やしぐさをよく見ていて、真似する。まったく壁に耳あり、障子に目ありどころか、足元の我が子にご用心だ。
 
長男が2歳のお誕生日を迎える頃、近所の店に、スキーのための小物を買いに行った時のことだ。そこは、スキーと山用品の店とうたっているだけあって、種類も豊富だ。商品を見ながら説明を聞いていると、いきなり背中から、「見えまい見えまい」という声がする。
 
店のご主人夫妻は優しい方たちで、背中の子にも、商品を見えるようにしてくれた。驚いたことに、おんぶされていた長男も、しっかり買い物に参加していたのだ。片言を話すくらいの子でも、ちゃんと聞いていることに正直驚いた。迂闊なことは言えないと思った。
 
また次男が片言を話し始めた頃の事だ。長男が幼稚園に行っている間に、次男をおんぶしてスーパーに出かけた。あれこれ必要な品を選んでいると、「毎日毎日買えないね~」と、背中で次男が言う。
 
いつだって好きな物を見つけるたび、「買う」という長男に、私が言うセリフを聞いていたのだろう。でも、めったに欲しいとねだることのない次男だ。いじらしくなってつい、「いつだって買えるよ、何が欲しいの」とつい甘いことを言ってしまった。
 
まったく子どもは、幼いなりに、よく耳をそばだて、親の事情を察していると、これまた感心してしまった。こんな小さいのだからと、油断しきっていては大変だ。子どもは、大人が思っている以上に、何でもよく分っている。ふと、遠い日を思い出した朝であった。