読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

ある家族の風景ー遠い日の雑誌から

私がまだ若い頃、ある雑誌で読んだエッセイが、今尚心に残っている。そこには、休日に出かけた浅草で、ある洋食屋さんで出会った家族連れの様子が、微笑ましく描写されていた。

3人の子を連れた夫婦が店に入って席に着くと、母親が、さあ、今日は、父ちゃんにお願いして、何でも好きな物頼んでいいよと言う。

すると、小学生位の女の子が、お肉の入ったスパゲッティをお願いする。すかさず弟も、僕はカツレツ(だったと思う)と後に続く。すると、しょぼくれた父ちゃん(原文のまま)は、鷹揚に頷く。

その後で母親は夫に、今日は、ビール1本付けたらと勧める。それぞれに料理が運ばれてくると、母親も、背中の子を膝に乗せ、子に食べさせながら自分も食事する。

それを読みながら、子どもたちの眼には、傍目には"しょぼくれた父ちゃん"が、どれほど大きく立派に映っていることだろうと想像できた。筆者も、そこに漂う温かく豊かな雰囲気に感じ入ったからこそ、文章にしたのだと思う。

いつの時代か定かではないが、スパゲッティミートソースが知られるようになった頃の話だろうとの推測はつく。このような母親のいた時代があったということ自体、既にノスタルジアの世界だ。

懐かしんで、そこに戻れなどと、時代錯誤なことを言うつもりで持ち出したのではない。ただ、そこには、家族のために働いてくれる人への敬意がある。今、家庭に欠けているのは、これではないだろうか。

現在、多くの家庭で主導権を握っているのは、母親だと思う。夫の稼ぎが良ければ・・と、嘆くことはあっても、その稼ぎに感謝することなど、ややもすると忘れがちだ。

でもこの母親は違う。自分だって、家計のやり繰りに苦労しているだろうが、生活を支えてくれている人を、まず第一に立てて、ビールを勧めて労う。多分、父親だって、そのような妻に感謝していると思う。

昔のことだからお見合いか、それとも恋愛か、どのような経緯で結ばれた二人かはわからない。だが、お互い、暮らす中で敬意と愛情を育んできたに違いない。そしてこれが、結婚、ひいては家族の原点のような気がする。

街で、レストランで、家族連れを見かけるたび、あの、雑誌で知っただけの家族が、頭に浮かんでくる。