読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

お互いを理解する難しさー親子にはそれぞれ言い分がある

子ども
「私は教育には関心がありませんで、子供たちには何の指針も示さずにやって参りました!今尚、私の最大の関心事は、自分の旅行です!子供からゴチになる時は、喜んで出かけます。」

この夏、長男、次男と食事した折、もっと勉強しておけば良かったという言葉が、子どもたちから出てびっくりした。

後日、私はその時のことを、ブログに書こうとしていた。すると、何と私がちょっと目を離した隙に、上記のようなことを書かれそうになってしまった。

日頃から次男は、気取ったことばかり書いていてはだめだと、私のブログにダメ出しをしてくる。その時も、自分が手本を見せてやるとばかりに、私のスマホをいじっていた。

慌ててひったくったが、読んでみると可笑しくなって、残しておくことにした。母ちゃんの、真実の姿ですというところなのだろうが、私にだって大いなる反論がある。

私が、大学の通信教育課程で履修しようと考えたのには、幾つか理由がある。その一つは、子どもたちにばかり勉強しろというのではなく、自分にとって難しいと思われる何かに取り組んでみようと、思ったことだ。

始めたからには卒業すると決め、6年後卒業式を迎えた。仕事と家事の合間をぬって、僅かな時間を勉強に当てた日々の集大成である卒論を製本に回し、出来上がった日、大学まで提出しに行った。まだ卒業試問が控えてはいたが、これで終わったと、晴れ晴れした思いであった。

振り返れば、確かに自分の勉強に忙しかったが、決して、子どもたちの教育に無関心というわけではなかった。今になれば、勉強しろと、お尻の十も叩けば良かったかなと、母ちゃんは反省する。

だがどのみち、勉強ばかりは、自分に必要と気づくまでは身につかない。実際、彼らは、気づいた時点から、母ちゃんも驚くほどの勉強好きになってしまった。

ちなみにこの日は、割り勘のつもりが、何と私がゴチしてしまった。ご馳走された次男が、帰り道、小憎らしくも、「私が持ちましょうなんて、カッコつけなくても良かったのに」と宣った。

親の心子知らず、子の心親知らずと言うが、まったくギャフンだ。母ちゃんは、いつだってカッコつけたいよ。だって母ちゃんだから。