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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

病気になったら治療をどうするかー母の場合

危機管理・健康
前回、同僚の病気について触れたが、もし自分や身内の場合、治療をどうするかは、正直難しい判断だ。

十数年前に亡くなった私の母は、同僚と同じ病気であった。私は、偶然実家を訪れ、その日入院するのを知って付き添ったのだが、そこで初めて癌の末期と告げられた。
 
病名については、当然母本人も知らなかった。だが、辛い治療になるため、本人に告げずにはできないと言われた。その場に居たのは、父と姪と私の三人であったが、皆いきなりの病名にただ戸惑ってしまい、結局先生にお任せすることにした。
 
その10日前、趣味の用事で東京へ来た時、この頃太ってしまい、何だか疲れると言っていた。それは既に腹水が溜まっていたためだが、それほどの病気でも、普通に生活出来ていたことにまったく驚く。
 
入院した日、病室での診察が済んだ後で、先生から治療方針についての説明を受けた。その後で、私は東京に帰ってきたが、まさか、その1時間後に旅立つとは、思いもよらなかった。先生はじめ誰もが驚いたが、肺梗塞であった。入院前から息が苦しそうであった。
 
今となれば、辛い治療を受けずに良かったと思う。母はその3ヶ月前、白内障の手術をした。その時見舞った私に、もし、自分に重大な病気が見つかったとしても、治療を希望しない旨を書いた紙を見せたのであった。
 
だが私は、そのことをすっかり忘れていた。告げられた病気に関しての知識も全く無かったため、医師にすべてお任せようとしていた。だから余計に、突然の死は、母の意思が働いたとしか思えない。但し、母も、その時期が目の前に迫っているとは思いもよらなかっただろう。

母と同僚は、正反対を 選択したような結果となった。同じ病気とはいえ、進行具合も違うし、年代も違うので、簡単には比べられない。それに母の場合は、厳密には選択したとは言えない。だが、偶然とはいえ、そこに意思があったと思えば、結果として、それぞれにとって良い選択だったと思う。
 
病気になったら、何を頼ればいいのか、実際悩むところだ。医療否定本にも目がゆくだろう。だが、ただ妄信するのではなく、自分にとって、もしくは家族にとって、どうすることが最良か、じっくり検討するようにしたい。もし親が老齢ならば、子としての思いを優先させるのではなく、親の意思を一番に尊重するのが大事だと思う。