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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

ゆるやかな景気回復って本当?と暇な12月に思う

社会
12月は、既に3周目が過ぎてしまった。気候も穏やかなら、仕事も穏やか、つまりかなり暇で、例年の年末とはまったく様子が異なる。いつもならこの時期は、年内に何とか納入して欲しいという相談の電話ばかりであったが、それすらも少ない。
 
慌しいよりは、ゆったりペースで仕事ができて有り難いのだが、忙しさを覚悟していた身には、やや拍子抜けするほどだ。こんな調子では、来年がどうなるのやらとの思いも浮かぶ。
 
どう見ても世の中は、ゆるやかに景気の回復をしているようには感じられない。スーパに行けば、むしろ、皆、財布の紐を締めているのではないかとさえ思われる。野菜が高い時期、特売のキャベツ一個だけを手に、レジに並んでいる人も、結構見受けられた。
 
下流老人だの、下流中年だのという言葉が、現実味を帯びてくる。そういう私だって、節約生活に努め、無駄な出費はしない。だいいち私も、仕事を辞めた途端、その仲間入りだ。
 
しかし、何だか最近は、貧困女子なる言葉もあって、日本人は、誰もが貧乏にまっしぐらなのかと暗くなってくる。もはや日本は、日の沈んだ国なのだろうか。それなら、最初の試算の6倍の費用がかかるというオリンピックなど出来るのだろうか?開催することに、どのような意味もしくは、価値があるのだろうと、ニュースを聞きながら気が沈む。

開催に一兆超えとか、不足分は国と都に負担をお願いするとか簡単に言うけれど、まったく口あんぐりだ。すぐにも1億総下流が迫る勢いとのアンバランス、本当にそんな余裕あるのと心配になる。
 
駅からの帰り道、夜空一杯に浮かんだ美しい雲を見た感激も、ラジオのニュースを聞いた途端に消え失せた。それにしても、税金の使い道には、目を光らせる必要があると改めて思った。ひとりづつが徴収されるのは微々たる額でも、無関心でいては、無駄遣いされるだけと、心していたい。