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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

宮崎・西都原考古博物館で

食事の後は、西都原考古博物館だ。友人が気を利かしてくれて、前回とは別の道から行く。ポコポコと小山になっている古墳の間を進んで行くと、小山の回りは畑になっていて、たくさんの大根が植わっていた。古代の遺跡とはいえ、ずいぶん生活と密着しているのだなと感心する。

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西都原古墳群  この辺り一帯にはたくさんの古墳あり

もっとも友人によると、西都では、あちこちから旧い時代のものが出土するそうだ。そこを生活の場から切り離して保存しようとするのは、難しいかもしれない。無理矢理その場所を保存しようとすれば、畑を耕していて何か出てきても、誰も何も言わなくなる可能性もある。

ここでは前回以上に、旧石器時代縄文時代弥生時代の出土品を、たっぷり時間をかけて見て回る。これほど見応えがあって、しかも入館料が無料というのが嬉しい。来るたび立ち寄りたくなる。

友人は神話にも詳しく、いろいろ教えてもらっているうちに、西都という土地に俄然興味が湧く。かつて、日向の中心はここだったというのも頷ける。コノハナノサクヤヒメにまつわる場所巡りも、おすすめだ。土地全体の雰囲気が、多少なりとも掴める気がする。

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博物館の最上階 エレベーター前

上階行きのエレベーターに乗り、扉が開いた途端、ああこの場所だと心が反応する。ガラス窓の向こうに広がる景色に、まったく心安らぐ思いだ。身体中の気が、入れ替わったような感じさえする。

椅子に座って、しばしおしゃべりタイム。すると、天正遣欧使節の主席正使である伊東マンショは、西都の生まれと友人が言うのでびっくりする。昨年末に訪れたポルトガル、エヴォラのカテドラルで、よくぞはるばる日本から来たと、使節一行が耳を傾けたというパイプオルガンを見上げながら感慨深かったのを思い出す。

それにしても、ここで伊東マンショの名前が出てくるとは意外すぎる。訪れた途端気に入ってしまったポルトガルと、西都とのつながりに、私は今回、来るべくして宮崎へ来たという気さえしてくる。土地が呼んでくれたのかもと、一人で納得して何とも能天気な私だ。時には思い込みが、人生を豊かにしてくれる。

おまけながら、友人によると、米沢藩の養子となり名君として知られた上杉鷹山は、日向・高鍋藩の江戸屋敷で生まれたそうだ。藤沢周平の『漆の実のみのる国』は好きな本なので、またまたびっくり!玉手箱か宮崎は!!