さまざまな観点から絵を見るとグンと興味が増す
『複眼のヨーロッパ美術紀行』(鈴木久雄・新潮社・2008年・6月)は、時代背景や画家個人に関しての丁寧な記述に、こちらも、絵をまさにその"複眼"を通して見せてもらっているような気がしてくる。それはあたかも西洋美術史の講義を受けているようで、1章から引き込まれるようにして読んだ。
ヤン・ファン・エイクに関しては、『アルノルフィニ夫妻の肖像』がとりわけ知られているが、ロンドン ナショナルギャラリーでその前に立った時も、さほど関心を持てなかった。有名な絵だから、しっかり眼に収めておこうくらいであった。だが、この本の6章を読み、描き方に独自の工夫を重ねた画家であったと知り、俄然興味が惹き起こされた。
ベルギー・ブリュージュを訪れた時も、美術館へは行かなかったのだが、なんてもったいないことをしたのかと、今更ながら悔やまれる。ゲントへだって、寄っておけばよかった。とはいうものの、関心がない時に見たところで、単に見たというだけに過ぎない。結局は、見ていないと同じことだ。新たな気持ちで、もう一度足を運ぶしかないか。
引き続いて、7章のブリューゲル、8章のセザンヌと読み応えがある。私の絵画巡りの旅の始まりは、ブリューゲルであった。最後の旅になるかもしれないと考えた時選んだのが、ウイーンの美術史美術館であった。5日間ウイーンだけにして、もう来ることはないだろうと市内をあちこち歩き回った。だが、この本を読むと、もう一度ウイーンを訪れたくなる。
セザンヌの故郷、エクス・アン・プロヴァンスにだってまだ行っていない。サント・ヴィクトワール山を見たいと、それこそ20歳の頃よりずっと思っているのだが、未だにそのままだ。それが、すぐさまにも出かけたくなってくる。まったく旅心を誘われる本だ。絵も見たいが、それと同じくらい、絵の描かれた場所にも立ってみたい思いが強まる。
ちなみに、1章ブルネレスキの挑戦、2章ボッティチェリーフィレンツェの盛衰とともに、3章アテナ・パルテノスの国、4章ジョット の革新、5章レオナルドの未完成、6章ヤン・ファン・エイクー私の能う限り、 7章ブリューゲルの世界、8章セザンヌとなっている。どの章も、絵及び画家について、本当に深く掘り下げて考察されている。素晴らしい本に出会えてよかった。