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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

時刻表の表紙に見入る幼子ー子どもと本

図書館の雑誌コーナーの前を歩きながら、「ちょろちょろ帰る?」と少し離れたところにいる母親に声をかけていた3歳くらいの男の子が突然、ウォー!とかウァー!と感嘆したような声を上げて足を止めた。

何を見つけたのかなと、丁度近くの椅子に座っていた私も、男の子の方へ目をやると、表紙の下半分に、新幹線の写真が載っている時刻表であった。感に堪えないような表情でその写真に見入っていた男の子は、借りようと抱えていた数冊の本を下に置き、とうとう時刻表を手に取り、呼んでもこない母親の方へ見せに行った。

「これも借りて」と、頼んでいる。だが時刻表なので、さすがに母親も困っているようだ。何とか納得させたようで、しばらくすると戻しにきた。そして、借りる予定の本を床から持ち上げると、母親の後についていく。

最初私の前を通った時は確か、テンガロンハットのような帽子を被っていたはずだ。どこかに置き忘れたのかもしれない。これは母親に教えてあげた方がいいなと思った矢先、「アッ!帽子がない」と自分で気づき、本を母親に預けると閲覧席の方へ走って行った。

まだ言葉こそ幼いが、なかなかしっかりしていると感心してしまった。本も大好きなようで、4、5冊抱えていたが、好奇心も旺盛なのだろう。帽子を被って母親の方へ戻る時、私と目があったので微笑むと、ニコッと返ってきた笑顔は、いかにも3歳児であった。

ところで、子どもたちはどのような基準で本を選ぶのだろう。我が家では子どもたちが幼稚園児の頃、幼稚園を通じて毎月絵本を買っていた。『ぐりとぐら』、『ゆきのひ』、『すてきな三にんぐみ』、『からすのパンやさん』などなど、私の知らない本ばかりで、届くたび親にも楽しみであった。何しろ私の子ども時代は、絵本といえば、今でいう古典的名作ばかりであった。

自分なら選ばないような本もあって、あのようなシステムがあって良かったなと今でも思う。次男が幼稚園の頃、『からすのパンやさん』と同じくらい好きだったのが、『あふりかのたいこ』だ。

少し長い距離電車に乗る時には、この本を読んであげると、ずっと大人しくしていられた。正直なところ私には、どこがそんなに次男を夢中にさせたのかがちっともわからなかった。もしかすると、トムトムとか、ボンゴボンゴという太鼓の響きだったのかな。

何れにせよ、たとえ本屋さんにあっても、車とか電車関連の本同様、私の目には入らなかったに違いない。ミニカーとか、プラレールのようなオモチャは我が家にもあったが、本とは結びつかなかった。でも、幼稚園から届く本には、題名は忘れたが、(お仕事の車)的な本も入っていた。そういう点からも、偏らずにいろいろなジャンルの本に出合えたのは良かった。

幼子が、嬉しそうに本を抱えて帰ってゆく姿に、子どもたちの小さな頃を思い出した。知的好奇心よ、大きく育てとその背にエールを送る。