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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

自分流オシャレを心から楽しもう!

代官山を抜けて恵比寿まで行こうと思い立ったある日、ふと思いついて、自分の中では一番変な取り合わせにしてみた。もっとも私の場合、極端に少ないアイテムをやり繰りしているだけなので、良いも悪いも、センスの面で大差はない。だが本人としては、思いっきりオシャレの欠片もない格好のつもりだ。紫外線が強くなり始めの頃から欠かさずつけているサングラスも、敢えて外してみた。

その結果、いかにもキメテますという人たちの間をすり抜けてゆくのは、まるで旅人のような気分であって、特に何ということもなかった。翌日はまた別の、オシャレ度が高そうな場所を同様にして歩いてみた。やはり、何ということもない。

旅先ではいつもこのように、人の目など気にしないで歩いているのに、東京に帰ってくるとなぜか気合いを入れたくなる。だが、結局自分が意識過剰なだけで、人は案外、他の人のことなど見てはいないことがよくわかる。

"他人があなたのことをどう思っているかと心配しなくてもよい。彼らは、あなたが彼らのことをどう思っているかが気がかりで、それどころではないのだから。"「社会マーフィー学(人情)エデルシュタインの忠告」より(『マーフィーの法則de英語耳』・アーサー・ブロック&松澤喜好・アスキー・メディアワークス・2009年・P223)

つまり、誰も自分のこと以外気にしていないということだ。

それにしても、まったく人の目を意識せずに歩くって、ずいぶん気持ちが良い。かといって、オシャレの意識を失くしては、単に構わない人になりかねない。これからは、人を意識した張り合う感たっぷりのオシャレではなく、自分が一番心地よく、自分らしいと感じられるようなファッションを目指せばいいのだ。

かといって、これは絶対のお気に入りなのだからと、流行をまったく無視するのも、何だか自分だけ色褪せた世界に取り残されたようでつまらない。時代の空気も多少は纏って、自分の気持ちもウキウキするようなオシャレをとなると、案外新旧のさじ加減が難しい。

それでも、何をどのように着ようかと、鏡の前であれこれ試すのは楽しい。雨や曇天で気分が沈みがちな日は、一人っきりのファッションショーというのもいいアイディアだ。オシャレばかりは、まったくの自己満足でいい。マーフィーの法則にもあるように、どのみち、誰も自分を見ていないのだから。

自分なりに工夫を凝らしたファッションで、背筋を伸ばし、弾んだ心そのままに街に繰り出してみよう。何といってもオシャレのポイントは、姿勢と顔の表情、それを忘れたらすべて台無しだ。そして仕上げは、自分流オシャレを心から楽しむこと。

ところで今日は、どのような装いにしますか?