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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

老父と息子のほのぼのとした会話

カフェで一休みしていると、高齢の父親を伴った50代半ばくらいの男性が、横に座った。本を読んでいた私だが、タブレットで写真を見せてもらっているお父さんが言葉を発するたび、つい意識がそちらへいってしまう。ほとんどの人がパソコンやスマホに集中している店内は静かで、ことさら耳をそば立てなくても、声は入ってくる

 
山の写真なのか、「ここ良いね。今から行く?」と言うが、「行かないよ」と、息子さんから却下されてしまった。よほど心残りらしく、何度も、ここ良いねを繰り返していた。
 
次に、親戚の集まりで撮った写真でも見ているのか、次々に名を挙げて、「ああ、〇〇に会いたいなあ~。どこでどうしているんだか、しばらく会ってないな」と言う。息子さんに、「去年の秋、会ったでしょ」と言われると、「春だって、いつだって、会いたいよ」と答える。歳を取ると人恋しくなるというが、懐かしくてたまらないのだろうなと、横にいるお父さんの方にちらりと視線を走らせてしまう。
 
するとまた山の写真がでてきたのか、「ここどこ?」と尋ねる。松本と聞くや再び、「ここ、今日行く?」と言う。息子さんはすかさず、「今から行けないよ」と答える。
 
側で聞いていると、好奇心一杯の小さな子のようで可愛らしく、叶えてあげたいとさえ思えてくる。だが実際、今から出かけるとなると、どんなに早くても到着は3時頃になってしまう。とんぼ返りではつまらないだろうし、やはり日帰りは無理だと、当事者ではない私も思う。
 
それにしても、ほのぼのとした良い親子だ。山に関しては子ども心溢れてしまうお父さんだが、コーヒーと一緒にお盆に載ったクッキーを、何度も息子へ勧める様子に、まさに親だなと感じる。今や立場が逆転して、いたわられているのはお父さんの方だが、幾つになっても、子を気遣う思いは強い。息子が自分のために買ってくれたクッキーでも、子に食べさせたいのだ。
 
私は、こんなに優しく穏やかに、父と接したことはないなと、ちょっぴり反省しながら席を立つ。しかし、年老いた親と子との関係というのは、それまでの長い年月を、どのように向き合ってきたかにもよるだろう。
 
近くに住む5歳の曾孫が遊びに来るたび、部屋まで挨拶しにくると嬉しそうに話す父だが、「おじいさんこんにちは」ストーリーが数回繰り返された辺りで、じゃあ帰るからと私は腰をあげる。これくらいが、父と私の丁度良い距離かなと思う。でも、父からすればどうなのだろう。毎日欠かさずつけている日記に、(〇時〇分、娘東京より来る。〇時〇分帰る。滞在短し)とでも書くのかな。