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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

明治初期の日本は動物までおだやかだった?ー外国人から見た日本

散歩している時、白に黒が交じった綺麗な毛並みの猫が、玄関先から、通りがかりの犬を威嚇しているのに出会った。犬もウウッと低く唸って、両者共に睨み合っている。丁度読み終えたばかりの本に出てくる、ネコとキツネがケンカするエピソード(『街道をゆく37 本郷界隈』(司馬遼太郎朝日新聞社・2005年)を思い出した。

キツネならぬ犬ではあるが、きっとこんな感じだったのかなと見ていると、犬の飼い主が、たしなめるように言葉を掛けてひもを引いた。すると猫は、急に興味を無くしたかのように、犬から視線を外し、道路を渡って向かいの駐車場に入ってしまった。塀の陰になって、犬から姿は見えないが、犬はまだ気になるようで、猫を追いたそうな素ぶりだ。だが、飼い主に引っ張られて、やむなく散歩に戻る。

司馬さんの本では、"その官舎のまわりには、キツネがたくさん棲んでいて、時にネコとけんかしていたという。"(P・16)と簡単だ。また、"さらには、鴨がヒナをつれてぞろぞろと家の中に入ってきて、台所のストーブのそばにうずくまったともいう。暖をとるのが、目的だったらしい。"とあって、何だか楽しげだ。140年も前、明治初期の頃の話だが、せっかくなので、その元となった本も早速借りてきた。

"加賀屋敷官舎のあたりは多くの狐がすんでいた。ある月夜にワグネルさんの処で庭に肉類を捨てておくと、ベルツ家に飼われていた老猫が餌を取りに出ていく。すると一方から狐もこれをとりに来る。どうなることかとベルツは部屋の灯火を消して見守っていると、双方とも残物を中心にしてしばらくはにらみ合いの姿でついに咬合いになり、なかなか見世物にもない面白い光景であった。・・・ただ狐は一向人を襲わず、のそのそ歩いているというほど沢山いた。

何にしてもその時分の加賀屋敷は全く都離れしたもので、夕方になると不忍の池におりている雁や鴨が、雛鳥を連れてぞろぞろやってきては、台所のストーブの側にうずくまっているので、四方の窓を閉じて親子諸共手獲りにしたことなど度々あった。"
(『ベルツ 花』鹿島卯女・鹿島研究所出版会・S47年・P・13)

ちなみに『街道をゆく』には、同じ官舎に住み、大森貝塚発見で知られるモースについても、"犯罪のすくない日本の社会の静かさをよろこびつつ、信じがたいことに、動物までおだやかだという意味のことを書いている。"(P・15)とある。モース自身が書いた本にも興味が湧き、『日本その日その日』(エドワード・S・モース著・石川欣一訳・講談社学術文庫・2013年)も、折りよく図書館にあったので借りてきた。

街道をゆく 本郷界隈』は、明治初期に加賀屋敷があった辺りを中心に本郷が形づくられてゆく話だ。表通りから路地、坂へと巡りながら、遠い時代に思いを馳せる。そしてその場所場所で、江戸の歴史についてはもちろん、お雇い外国人教師たち、この地に縁のあった作家たちについてと、幅広く触れられており、そのどれもが非常に興味深い。エピソードのひとつひとつに、好奇心が掻き立てられ、読みたい本も増えてゆく。

ところで、ヒナを連れた鴨が大手町側から道路を渡ってお堀端までゆく様子が、かつて話題になったけれど、今もまだ続いているのだろうか。