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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

こんなチャンス逃しては痛恨の極みだー「ほほえみの御仏ー二つの半跏思惟像」

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展覧会パンフレットより

「ほほえみの御仏ー二つの半跏思惟像ー」は、本当に素晴らしく、私の展覧会ベストワンだ。今は6月でまだ半年あるが、文句無しのぶっちぎりだ。

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中宮寺の半跏思惟像 パンフレットより

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絵葉書より(中宮寺で購入)

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絵葉書より(中宮寺で購入)

私は奈良が好きだ。その理由の一つに、この中宮寺の仏像がある。今年の2月に会ってきたばかりだが、まさか博物館で見られるとは思いもよらなかった。間近で像全体に接することができるなんてまたとない機会と、初日の21日、上野の国立博物館まで出かけてきた。

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韓国・国宝78号 パンフレットより

また、韓国・ソウルからいらしているこの仏像・国宝78号も、まさか日本で見ることができるとは驚きだ。私がかつて何度かソウルを訪れたのも、韓国国立中央博物館で、この仏像にお目にかかるためであった。ソウルの博物館では、この国宝78号と、今回日本には来ていない国宝83号とが交互に展示される。

国宝83号は、京都・広隆寺弥勒菩薩とよく似ているといわれている。それではと、ソウルから帰った後、京都へ行ってみた。しかし、照明を抑えたお堂の中では、博物館のようにはっきりと見ることは難しく、印刷物で確認するよりなかった。

それでも、仏像はもとより、絵画でも何でも、もともと置かれた場所で見る方がいいと思っている私だが、今回ばかりは、この中宮寺の半跏思惟像を、余すことなくじっくり拝見できて本当に良かった。

正面から左、後ろへと回り、右横へでようとしたところで、左足の上に組んだ右の足裏が目に入った。ここまで見られるということに感激ひとしおで、その位置にしばし佇んでいた。その足裏を含め、右側真横から見たお姿は、とりわけ美しい。

左足は蓮の上に置かれているのだが、強く踏みしめているのではなく、僅かに浮いている。つい、その足及び蓮がどのように彫られているのかまで、気になってガラス越しに覗き込む。

もう二度とない機会かもしれないとなると、何から何まで、些細な部分まで目に収めておきたくなる。正面からのお姿は、手元の絵葉書からいつでも見ることができるが、足の表情なんてまず無理だ。

これを彫った仏師の心には、どのようなイメージがあったのだろう。それは、韓国の仏像にも思うことだ。その前に立っているだけで、心が浄化されてゆくような仏像の側を離れ難く、両方を行ったり来たり、周りをぐるぐる回ったりしていた。

奈良へ行かなくても、ソウルへ行かなくても、今東京で見られるって、実に凄いことだ。展示は二体だが、わざわざその地へ見に行くことを考えれば、儲けものとさえ思える。ちなみにこの券で、「新発見!天正遣欧使節 伊東マンショの肖像」他、常設の展示も見られる。(これについては明日書く予定)

雨でも結構人出はあった。会期も短いので、これからますます混むかもしれない。今日すぐにでも、出かけることをお勧めする。こんなチャンス逃しては痛恨の極みだ。