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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

独りよがりの善意は時にはとんでもない結果にー『魔女のパン』

ラジオで、オー・ヘンリーの『魔女のパン』を聞いていたが、これは、他の話に比べてずっと身につまされる。

ざっとあらすじを紹介すると、多少の蓄えもある、パン屋を経営する中年の独身女性ミス・マーサが、画家と思しきドイツ訛りのある貧しげな中年男性に好意を寄せてしまう。週2、3回訪れるその客は、焼き立ての1本5セントのパンや他の物には目もくれず、2本5セントの古いパンだけを買う。

痩せたその姿を見るたび、他のパンをあげたいと思うのだが、彼のプライドを慮ってできないでいる。だがある時、パンを注文し終えた途端救急車の音がして、その客が窓の側へ行ってしまう。良い機会とばかりに彼女は、配達されたばかりのバターを、2本のパンそれぞれに深く切り込みを入れ、たっぷりと塗ったのを包んで渡す。

パンを食べる時、どれほど驚き、そして喜ぶことかと、その様子を想像しては、ワクワクするミス・マーサ。だが、案に相違して、怒りを露わにした男性が店にやってきて、ドイツ語で怒鳴り散らし、カウンターをドンドン叩いたりした挙句、このおせっかいの老いぼれ猫と罵る。

彼をなだめ外へ連れ出した若い男が言うには、彼は自分と同じ建築事務所で働いていて、建築の製図を描いている。この3ヶ月というもの、新市庁舎のコンペのための設計図に没頭していた。その仕上げの日、ペンを入れた後の鉛筆線を消そうと、いつものように消しゴムの代わりに古パンを使った。ところが、バターがついていたものだから、これまでの努力が、すべて無になってしまった。

なんと残酷な結末ではないか。ミス・マーサが勝手に妄想を膨らませた挙句、まったく独りよがりの親切心に突き動かされるままにした行為、その罪の大きさにクラクラする。小さな親切大きなお世話どころでは、到底済まされない。でも、これほど決定的ではなくても、似たようなことは案外多いのではないだろうか。良かれと判断するその根拠が、自分の思い込みだけという怖さを、改めて思い知らされた。

また、同情心に溢れているというのは良い性質ではあるが、状況をきちんと捉えることなく、自分だけの満足で邁進したのでは意味がない。むしろ、この話のように、大迷惑にもなり得る。今の日本ならさしずめ、オレオレ詐欺に利用されて、自分が泣く羽目にもなりかねない。

時に人は、自分の心の落ち着かなさから安易に同情したり、肩入れしたりしがちだが、手を差し伸べる刻を計りながら、黙って見守る勇気も必要だ。

ところで、事情を知らされたミス・マーサが、青い水玉模様の絹のブラウスを、いつもの茶色のサージに着替えるところで話は終わるのだが、それが何とも切ない。相手も、自分に良い感じを抱いているだろうとの希みは、"老いぼれ猫'の一言で砕け散った。

善意と信じて迷いも無くしたことが、相手に与えた打撃は計り知れないけれど、それはきっちり自分へも跳ね返ってきた。ミス・マーサも、相当打ちのめされている。彼女が立ち直るためには、今後、脇目も振らず、パン屋の仕事に勤しむしかないだろう。