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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

『高倉健インタヴューズ』は時々開きたくなる本だ

私は、高倉健さんの、眼差しの温かさがジュワッとこちらの心に染み込んでくるような文章が好きだ。『旅の途中で』や『あなたに褒められたくて』を読み返すたびに、新たにジュワッという思いが広がる。

ところで、ご本人のエッセイとは別に、以前にも参照させて頂いたこのインタビュー集(『高倉健インタヴューズ』(野地秩嘉プレジデント社・2012年)が良い。気に入った箇所を、何の関連もなくただ拾い出してみた。

"黒澤(明)監督が演技について話されていたことをうかがったことがあるんです。いえ。直接ではなく、非常に近いところにいた方から聞きました。
「形を真似ろ」と。心や感情はいつでも真似ができる。俳優を一年もやれば心の中で悲しい気持ちを作ることなんて誰でもできる。だが、悲しみを形で表現することは難しい。そのためには古典を勉強しろ。そうおっしゃったそうです。"(P・50)

だいぶ前になるが、白洲正子さんの本で、能の稽古にまつわる話を読んだことがある。うろ覚えだが、感情を込めて舞った時ほど上手くいかず、結局、形の大事さを再認識したというようなことだったと思う。ここで黒澤明監督がおっしゃっているのも、そういうことなのかなと思う。

"健さんはぼそぼそしゃべるようでいて実はきちんと発生しているし、声の低音部に力があるんです。
今の若い男性や女性には高い声の人が多いんですよ。キンキン声が多い。低い声で、言葉をしっかりとしゃべることのできる俳優さんは少ないと思います。"(録音技師・紅谷愃一氏の話より・P・54)

池波正太郎さんもエッセイで、舞台の上で甲高い声で喚くばかりで、セリフが聞き取れない役者が増えてきたとお書きになっていたが、私も芝居を観に行っていた頃、しばしばそれを感じた。芝居に限らず日常会話でも、話し方、声の出し方って要だなと思う。

"ジャン・ギャバンは食べる芝居もうまい。自然な感じで食事をしながらも、観客が聞きとりやすい技術を持っている。"(P・60)

演ずる側の人は、見るポイントが違うなと新鮮であった。高倉健さんご本人もだいぶ練習されて、それを映画に活かしたという。今後は、食べるシーンでのセリフにも注目だ。

"監督にとって大切なこととは、自分自身が長く見たいシーンをバッサリち切ることだそうです。監督は自分が撮ったシーンはどれも大切だから切りたくはない。しかし、自分が気に入ったシーンばかりを長々と映したら、観客に自己陶酔を見せつけることになる。"(P・117)市川崑監督から聞いた話とのことだ。

特にこの、"自分が気に入ったシーンばかりを長々と映したら、観客に自己陶酔を見せつけることになる。"は、なかなか含蓄に富んでいると深く感じ入る。人に対する時、自分はこの愚を犯していないかと、時々己を振り返るよすがにしたい言葉だ。

他にもしみじみする言葉に溢れていて、何度も開きたくなる本だ。