照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

知床で道路脇に塩鮭が投棄されていたという記事に

知床で道路脇に塩鮭が投棄されていたというニュース(withnews9/20付)に、その行為が何を引き起こすか、たとえ知らなかったにしろそれだけでは済まされないだろうと憤りを覚える。

記事によると、

"世界自然遺産に登録されている北海道の知床。そこにある「フレペの滝」に向かう道路脇に塩鮭6匹が投棄されていました。知床にはヒグマも生息しており、今年に入って斜里町だけでも目撃件数はすでに800件を超えています。人を襲う可能性を高めるこうした行為を、誰が何のために行ったのか?
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「人間のにおいがついた食べ物が捨てられることで、それを食べたクマが『人間のにおいがするところにいけばおいしい食べ物がある』と、人間と食べ物を関連づけるようになります。こうなると人を襲う危険性も高くなります。知床の自然の中で共存し、それぞれ折り合いをつけるためには、クマを食べ物から遠ざけるしかないんです」"

知床自然センターの方によると、"家庭で古くなった塩鮭を捨てた可能性が高い"ということで、"一人の行為で全てが台無しになる"とおっしゃっている。

今月初め、津和野城跡まで登った折、道沿いの木に、熊の生息地のためゴミは持ち帰るようにとの貼り紙があった。読みながら、熊が人間と食べ物を関連づけるようになったらと、その後までは思いが至らず、罪の意識も少ないままに、これぐらいというモラル違反が多いのかなと思った。だが、ひいてはそれがどのような事を引き起こすか、もっと人々が知る必要があるだろう。

私も正直なところ、『ウーマンアローン』(廣川まさき著)を読むまで、熊が人間のにおいがついた物を食べて学習するという事は知らなかった。そして初めて、ゴミを徹底して持ち帰るという事がいかに大切か解った。自然を汚さないようにしましょうという、単なる美化運動ではないのだ。

それにしても、ポイ捨ての缶から粗大ゴミまで、さまざまなところに見られる不法投棄にげんなりする。どう見たって燃えないゴミの範疇を超えた大きさでも、ゴミ集積所に平気で置いてゆく人の無神経さ。東京都なら、区の粗大ゴミセンターに申し込んで、指示された粗大ゴミ券をコンビニにで購入して、指定日に貼って出すだけだ。

だがその手間とお金を惜しんで、誰も見ていない時間にそっと置いてゆくのは、間違った事と知っているからだろう。集合住宅のゴミ置き場にしても同じだ。ゴミ出しに関するルールなどお構い無しの人が、人気の無いのを見計らって出したであろう粗大ゴミに、ゴミ置き場のドアを開けた途端うんざりする。

何れにせよ、物が何であれ、また大小に関わらず、自分の持ち物は最後まで自分が責任を持とうよと、声を大にして言いたい。つまり、自分で処置できない物は持つべからずということだ。だから買う時には、始末する時のことまで想像してほしいものだ。