キャラクターに惹かれてついつい読み進むー『人生教習所』
一瞬、著者の本音表出のためのキャラクターか?と疑うほどに、(と言ってもさすがに心の中で毒づくに留めておくだけだが)、この柏木という元ヤクザがやたら可笑しい。(『人生教習所 』上・下巻・垣根涼介・中公文庫・2013年)
"・・・見なかったことにしよう。
が、その相手の映像はまだ網膜に焼きついている。
三十前後の見るからに冴えない・・・。・・・・・体脂肪率四十パーセント超。ラーメンとおにぎり二つをプレートに載せていた。・・・・・・・
柏木は密かに思う。いったいこいつの家には、鏡というものがないのか・・・・・。
本当に見なかったことにしよう。見ても何もいいことはない。"(上巻・P・45)
"見なかったことにしよう"と思う割には、相手を素早くしっかり観察している。
小笠原での「人生再生セミナー」に参加した柏木は、心の中で"饅頭女"だの"デブ女"と悪態を吐いていたこの女性(森川由香)も、同じ受講生と知る。またあろうことか、レポートと中間試験に合格して進んだ二次セミナーでは、同じグループになってしまう。
しかも自分がリーダーにされてしまって、まったく面白くないところへ、フィルドワーク中に、きつい登り坂で脱水症状を起こした彼女を、立場上背負う羽目になる。
"しかし。
ー重い。
とてつもなく重かった。"(上巻・P・264)
と、自分一人でも相当へたばっているところに、推定70キロが加わって、由香を嫌いな気持ちは更に高じる。だがひょんなことから話した折、
"そうだ。いくら内心ではこの女のことをムチャクチャ言っていても、それでも本当は、自分よりはるかに立派な人間だと感じている自分がいる。だからつい、不必要に相手の体型や人格攻撃を心の中でやってしまう。自分の劣等感のやりきれなさ。そこから無意識に逃れるために・・・。(下巻・P・79〜80)
しかしまあ、思うだけで口に出さないとはいえ、罵詈雑言が次から次へとよく出てくるものだと、ある意味感心していたが、"最低だ。おれこそ、貧乏臭い。"の裏返しだったのだ。
ところでこの本、かなりお勧めだ。読みながらつい真剣に、私も中間試験の設問に答えたりしている。セミナーから半年、メンバーそれぞれの生き生きとした様子に、読後感もいい。
"無意味な心の規制さえはずせば、足の竦みなどなくなる。・・・・・自分ですべてを引き受ける覚悟さえあれば、過去は関係ない。未来も恐れるほどのものではない。あるのは、今の自分がどういうふうに生きたいかという、ただそれだけのことだー。"(下巻・P・284)
と、かつて柏木から、うらなりだのもやしだのと呼ばれた東大生の浅川太郎は思う。この言葉に、メンバー皆の思いが集約されている。1500人のセミナー申し込みから一次では28人が選抜され、更に2次に進めたのは11人と、ハードルが高いセミナー(という設定)に、読むことで参加できるのもいい。
他にもこの著者の『ワイルド・ソウル』、『午前三時のルースター』、『君たちに明日はない』のシリーズ、どれもみな面白い。