照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

小芝居する犬ーその気配りに感心

朝のラジオで、作家の平岩弓枝さんが、恩師を語るというテーマで話されていた。小学生の頃、作文で愛犬について書いたことが、後に物書きになるきっかけになったという。その芝犬トミの行動が、まるで大事なお嬢様を守る乳母のようだなと思った。

小学校に入学した平岩さんは、授業で教わることが既に知っていることばかりで、教室にいることが退屈で仕方がなかったそうだ。それで、頭が痛いとかお腹が痛いとか、歯が痛いとか、日替わりで痛い箇所を変えては先生に訴えて、早退させてもらっていた。

でも仮病なので、そのまま真っ直ぐ家に帰ると、母親から不審がられると考え、自宅近くの材木置き場に座って時間をつぶしていた。するとある日、自宅である神社の石段を下りて、飼い犬のトミが平岩さんのところにやってきた。

詳しい理由は聞き逃したが、トミは一度怖い思いをしてから、自分では決して階段を下りて外へ出ることがなかったという。にも関わらず、どうしてそこに居ることが分かったのか不思議だが、ズル早退けを続ける平岩さんのところへくるようになった。おかげで、ちっとも退屈することなく一緒に遊んでいた。

お昼になって時報が鳴ると家へ帰るのだが、階段の下までくるとトミは、自分だけ先に上がってそのまま犬小屋へ入ってしまう。そして、お母様が目撃したところによると、いかにも今までそこで寝ていたという様子で犬小屋から出てきたという。

家族も、まさかトミが自分で外に出るとは思ってもいなかったので、演技とは見抜けなかったようだ。ズル早退けが発覚した後でお母様は、「犬までグルになっていたんだから、気づかなかった」とおっしゃったそうだ。

私は、トミが怖さを押して階段を下りたのもさることながら、この一芝居に、いたく感心してしまった。あたかも、自分の役目はお嬢様を助けることと承知しているみたいだ。

犬だけでなく動物は、飼い主を助ける行動をとることが知られていて、これまでにも時々、それらのニュースが感動を呼び起こしている。でも、小芝居する犬はあまり聞いたことがなかった。一緒に帰ったらまずいと判断できるって、これはまさに賢さだろう。その知恵と気配りに脱帽だ。

ところで、本題の恩師についての話ももちろん興味深い。平岩さんが、長谷川伸氏の入院先の病院に天ぷらを届けるためたまたま乗ったタクシーの運転手さんのエピソードは、とりわけ人の心を感じさせる。

天ぷらが温かいうちに届けられるよう配慮してくれた運転手さんの話を聞いた恩師は、それまでほとんど何も口にしなかったのに、いきつけの店であげてもらった海老の天ぷらを三本召し上がったそうだ。そして、その翌日お亡くなりになったという。

自分はこのような人たちの恩に応えるためにも書いてゆきたいが、もうできない。今後は自分に代わって書き続けてほしいというのが、平岩さんへの遺言になったという。

愛犬トミをはじめ、さまざまな人たちから受けた心遣いに筆で報いることが、書き続ける原動力になっている。話を聞きながら、書くということについても深く考えさせられた。