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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

2016年ポルトガルの旅 檀一雄が暮らしたサンタ・クルスへ その1

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サンタ・クルス 窓あき岩

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窓あき岩 別の方向から

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旅12日目11/26の土曜日は、檀一雄が暮らしたというサンタ・クルスへ行くことにした。朝雨が降っていたので、天気予報では晴天の月曜にしようかと迷ったが、やはりこの日にしようと傘をさしてホテルを出た。(*月曜日はサンタ・クルスのツーリズモが休み)

すると、メトロで2駅先、セッテ・リオスバスターミナルに着いた時には、陽が差しているではないか。チケットの窓口が混雑している場合に備え余裕を持って出たが、並ぶこともなくすぐ買えた。トーレス・ヴェドラス(6ユーロ)まで行き、ここで乗り換える。

45分ほどで到着。サンタ・クルス行きチケットを購入しようと窓口に行くと、10時50分のバスがあるという。切符はバス車内で運転手さんからとのことだ。教えられたレーンに行くと、程なくバスが入ってきた。このバスは、サンタ・クルスとここトーレス・ヴェドラスを往復しているようだ。(片道は4.9ユーロ)

リスボンからさほど遠くないのに、ずいぶん遠くへ来たような気がする。(檀一雄はどうしてここに住んだのだろう)との思いが頭をよぎる。

ガイドブックには、"かつてはひなびた漁村だったサンタ・クルスも今では・・・リゾート地になっている"(地球の歩き方ポルトガルより)とあるが、45年の隔たりがあるとはいえ、なんとはなしに寂しい雰囲気が漂う。

なぜだろうと考えるが、自分でもうまく答えられない。道路沿いだって、別に荒涼としているわけではない。それなりに住宅もあるし、マーケットやレストランの看板もある。もしかするとバスの運転手さんや乗客の感じが、一挙にローカル色に彩られたことから喚起されたのかもしれない。

ところで、サンタ・クルスに着いたら教えてと運転手さんに頼んでおいたのだが、隣席の老婦人が先にここと教えてくれた。終点ではないのかと思ったが、とりあえず下車する。帰りのバス停を確認して、バスの時刻表をもらおうと先ずはツーリズモを目指す。オビドスのように、バス停に時刻表は貼られていない。

案内の標識に従って向かったツーリズモだが、肝心な所で分からなくなってしまった。メインストリートのようなカフェやレストランがある辺りで、歩いている人に尋ねると、海辺の方を指差し、ちょっと坂を登った所にある建物内ということであった。

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通りから海辺へ向かって行くとツーリズモの入った建物

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ツーリズモの入っている建物 

ここで良いのかとドアを開けて中に入ると、係の方は、先客に説明している最中であった。内部に貼られた案内など読んで待っていたが、かなり丁寧なアドバイスをしているようで案外時間がかかる。

ようやく私の番がきて、バスの時刻表を頂き、ついでにサンタ・クルスの地図も頂く。すると、文学碑や3ヶ所あるバス停に印をつけてくれた。せっかくなので、檀一雄が住んだ家の辺りにも印をつけてもらう。

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ツーリズモ内

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ツーリズモ内

外に出て地図を眺めると、もう一つ先で下車しても良かったようだ。但し、私が降りたバス停が、檀一雄が住んだ家には一番近かった。そちらは帰りがけにして、砂浜へ出る。

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砂浜

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窓あき岩や辺りの景色を眺め、波の音を聞いているうちに、「檀一雄はなぜここに」の思いが消し飛んで行った。今では通年営業しているホテルもあるというが、半世紀近く前は、さぞ静かな漁村だったことだろう。ここの海辺に立って初めて、その思いがちょっとだけ理解できたような気がする。

続く