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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

節分には恵方巻きが主流になってきたのかな

今日は立春。北風も弱まって、多少気温も上がるという。ところで、昨日の節分には、どれくらいの豆が撒かれたのだろう。そして、皆さん歳の数だけ豆を食べたかな。それとも、節分には恵方巻でしょうというお宅も増えたのかな。

昨今は、関西発祥の恵方巻が、コンビニの戦略が功を奏して、各地にもすっかり広まったようだ。といっても、恵方巻もそう古い習慣ではないということだ。先日ラジオで、山田五郎さんが仰っていた。

大正時代に、関西の花街辺りでその風習はあったものの、きちんと記録に残されているのは昭和7年という。コンビニのおかげで、ここ20年ほどで一気に全国的になったが、そもそもが商業目的で始められたそうだ。

最初は、太巻きの消費を伸ばそうとお寿司屋さんが考案し、次に板海苔の売り上げが落ち込んだ時に恵方巻が宣伝されたが、あまりうまくゆかなかったらしい。次に、1970年代のオイルショック後、またもや落ち込んだ板海苔の販売を喚起しようと試みられたが、やはりパッとしなかった。

ところが平成になって、広島のコンビニ数店が一緒に恵方巻を売り出したところ、大当たりした。これを機に西日本に広がり、やがては全国に知られるようになったという。実際ここ数年、節分イコール恵方巻の図がすっかり定着した模様だ。

柊の枝に鰯の頭を刺した魔除けを飾るのはおろか、豆まきもせず豆も食べない私ですら、恵方巻きは食べたくなる。もっとも太巻きは、節分関係無しに好きな物なので、節分に合わせてわざわざ恵方巻を買うことはしない。だから、その年の恵方を向いて丸ごと食べたことはない。

昨晩はどのご家庭でも、北北西を向いて、皆さん一斉に恵方巻にかぶりつかれたのだろうか。関西出身の方によると、黙ったまま一本食べるという。これは想像すると、結構ユーモラスだ。でも、食べて福を招くなんて楽しさがある。風習と捉えるよりは、単なるイベントの面白さで広まったのだろうなと思う。

節分のしきたり自体が、元は年4回あったものが、一度しか行われなくなったのだから、本来節分とはとか、そもそも論を言ったところで仕方ない。バレンタインデーやハロウィンがすっかり定着しつつあるように、本来の意味や、国や地域の習わしを超えて、イベントとして楽しげなものは広がり、そうでないものは忘れられてゆく。

それを寂しいと思うのはノスタルジーで、継手がいないのだから嘆いてもしょうがない。どうしても残したいものは、観光と結びつくしかないかもしれない。なんてことを考えながら、心は既に春を想っている。ここまでくれば、寒さが緩むのももうすぐだ。