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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

四天王に踏まれる邪気を見にゆくー東大寺・転害門から戒壇堂へ

転害門(東大寺)を目指して歩いてゆくと、通り沿いの建物もなかなか趣がある。門の前に置かれた案内板によると、この通りはかつて京街道と呼ばれ、江戸時代には宿場があったそうだ。私は、転害門を見るのも、この辺りまで来るのも、今回が初めてのため、そのようなことはついぞ知らなかったが、いい雰囲気のところだ。

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転害門 (奈良時代創建)

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節のある柱

側まで来て、これが、"「木は生育の方位のままに使え」という口伝通りに、節だらけの面をあえて

南側に持ってきているのが特徴的"(『宮大工と歩く奈良の古寺』小川三夫・P・183)という柱かと、天平時代に創建の門を見上げる。しかし、2度も焼討ちにあいながら、よくぞ残ったものと感慨深い。

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戒壇

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戒壇堂への門

次は、戒壇堂(戒壇院)へ回る。四天王はもちろんのこと、その足元で踏みつけられている邪気を、じっくり見てみたかった。

前方右手の、口は結んだまま目をギョロッと見開いた持国天に、顔と腰を踏みつけられている邪気は、拳を地面につき、全身で必死に踏ん張っている。隙あらばと、思っているのかもしれない。以前、写真で見た邪気は痩せているように感じたが、実物は、肉付きも良く腕っぷしも強そうだ。これでは、しっかり踏みつけておかねば安心できない。

一方、前方左手の増長天の足元では、頭と腹を踏みつけられた邪気が、両手を投げだし、参りましたという感じだ。何しろ、口と目をカーッといっぱいに開けている増長天は迫力満点で、これではどんな邪気だって降参せざるを得ない。でも邪気のことだ、油断はできない。

後方の広目天(左側)・多聞天(右側)は、どちらも、邪気を踏みつけているというよりは、肩と腰に乗っているという感じだ。邪気の顔の表情は、内側を向いているのでよく分からない。邪気なりに、何か良からぬことを考えているのかもしれない。

ところで、この奈良時代に造られた四天王はどれも見事だが、とりわけ、左手に巻物、右手に筆を持った広目天の、静かだが威厳のある様子に惹かれる。きっと邪気は、力で押さえ込まれたというよりも、この目でジッと見られたただけで、ひれ伏してしまったのではないか。そんな気がする。

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戒壇堂パンフレットより(堂内は撮影禁止)

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戒壇堂の門から  中央に興福寺五重塔

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入江泰吉旧宅 通りの突き当たりが戒壇

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入江泰吉旧宅

この戒壇堂へと続く通りも、落ち着きがあってなかなかいい。この通り沿いには、写真家の入江泰吉さんの旧宅もある。

南大門の方は、人も鹿も多く、おまけに鹿の落し物もあって歩き難いが、その点こちらは、人も少なく臭いも無い。少し遠回りになるが、こちらから二月堂や三月堂に回るのも良いかもしれない。

但し、明るい時は静かな方がいいけれど、暗くなると、やはり人の流れがあった方が安心だ。実際私も、先日修二会のお松明を見に行った時は、始まる直前で暗くなっていたこともあって、南大門をくぐり、大勢の人に混じって進んだ。f:id:teruhanomori:20170317075520j:image

二月堂 左手にお松明

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お松明を回しながら二月堂の縁を右手に走り抜ける