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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

物の置き場所を極端に減らしてみたら本当に必要な物だけが残った

昨日は、朝から、クローゼットに押し込んでいた荷物を、さあ~やるかと、勢い込んで所定の位置に戻す作業に取り掛かった。アララ?、意気込みの割には何ということもなく、アッサリ終わってしまった。

元に戻すといったところで、以前は4個のカラーボックスが1個になったのだからすぐに片付く。そこには日常的に使用頻度の高い物だけを置き、それ以外の物は、中身を処分して空になったプラスチックケースに「とりあえず」入れて、またクローゼットに逆戻りだ。

但し、「とりあえず」が曲者なので、もちろん明日から数日かけて吟味し、そのうえで処分するかどうか改めて決める予定だ。つまり、「とりあえず」にいつまでと終了日を設定する。

今手元にある物は全て、厳選して残したつもりであったが、本当に必要かどうかぐらついてきている。それは、今回、収納場所をあえて少なくしたことで、自分の中でようやく踏ん切りがついた表れだと思う。

結局、置き場所があればあるほど物は増えて、処分するという決断が先延ばしされるのだろうなと思う。そして、「とりあえず取っておこう」、「とりあえずこのままにしておこう」、と、「とりあえず」という猶予期間をなし崩しにして、気づいたら手がつけられない状態になっているのだ。

自分がいなくなった後、誰が始末するの?と考えれば、当然、さっさと処分した方がいいに決まっている。だいたいが、日々の暮らしに必要な物ってそれほど多くはない。大半を処分してみると、それがよく分かる。

また私の場合、物は大事に使うが、愛着があるかといえばそうでもない。気に入った物はアクセサリーにしろ服にしろ、日常的に使用しているので、年ごとに劣化してゆくからいつか寿命がくる。愛着云々よりも、使用に耐えなくなったらそれまでだ。

それに、人生の持ち時間を考えると、身の回りはいつでもきちんとしておきたいという思いが先に立つ。

ともあれ、物が少なく、かつ整理整頓がしてあれば、探し物に煩わされることもなく、掃除だって楽だ。ついでに、毎日のチョコチョコ掃除を習慣づければ、季節毎の中掃除はおろか、年末の大掃除だって不要だ。

ただ、ダイエットと同じで、この状態を維持できるかどうかが鍵だ。斯くいう私だって、ここに越してきてちょうど15年、増え続けた物を整理して、再び出発点に立ち戻ったというところで、偉そうなことは言えない。

そして付け加えるなら、このように極端に物のない暮らし方、私には合っているけれど、もちろん良し悪しではなく、単に好みの問題だ。シンプルが好みの方には向いている。