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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

女官の目を引こうと制服の袖や裾に工夫を凝らした奈良時代の貴族たち

『日本の歴史3 ー奈良の都』(青木和夫・中公文庫・1973年)は、500ページ以上にもわたるが、面白くて非常に読み応えがある。但し、いくら面白いとはいえ、小説のようにサクサクとはいかない。読み進めているうちに、頭がとても草臥れてしまうので、時々休まざるを得ない。数日かけて、何とか完読したところだ。

しかし、奈良時代とはどのような時代であったか、全てが網羅された映像でも見ているように、眼前に浮かび上がってくる。国の仕組み、税や法および刑罰についてもよく分かる。また、身分が上の者から下の者まで、当時の人々の衣食住を含めた暮らしぶりがなかなか興味深い。

ちなみに、「貴族の生活」の章には、昔も今も考えることは同じだと、ちょっと微笑ましく思える箇所もある。

"貴族の場合は、結婚が政略に役立つので、正妻は親が選ぶ。・・・思い思いの娘のところにも通う。宮中で探すこともあろうし、・・・。"

貴族たちは、宮中で目指す女官に注目してもらおうと、

"朝廷での服装は、それぞれ位階に応じて朝服というのがきめられているのであるが、それを自分なりにすこし変えてみる。七一二年(和銅五)の暮れには、それが目にあまったとみえ、次のような勅がでた。

「諸司の官人衣服のソデを狭くしたり、裾を長くしたりする者がある。また、エリが浅すぎて歩く時に開くのもある。それらはもってのほかであるから厳重に禁止する。また無位の者の制服のスソ(裾)は一尺二寸以下とする。」(「貴族の結婚」・P・173〜5)*カタカナ部分は昔の字のためカタカナに変えて引用

制服の裾幅を細かく規制している辺りは、私が高校生だった頃を思い出させる。今でも、制服については、厳しく校則に定められているのだろうか。

それはさておき、奈良時代の貴族たちが、どうやったら女性にアピールできるか、苦心している様子を想像するだけで、いつの世も同じだと笑えてくる。

ただ、"『魏志倭人伝』の昔から、「大人はみな、四、五婦、下戸もあるいは二、三婦」といわれていた国がらである。中国人は、倭国にはきっと女性が多いのだろうと、うらやましがってさえいた。"(P・173〜4)とあるように、複数の妻を持つのが普通の時代であった。とはいえ、現代の私からすれば、妻が一人いれば、もうオシャレに浮身をやつさずともいいではないかとも思える。

お書きになられたのは、歴史学者の方だが、このようにクスリとする部分もあって、教科書的つまらなさは少しもない。だが、大半は、私がここにかいつまんでご紹介できるほど簡単な内容ではないので、ご興味が湧いたら、実際手に取って、ご自分で確認して頂くよりない。

ともかく、当時、歴史の舞台に登場した人物たちの人間推察にも優れていて、まるで時代絵巻の如く個々人が浮かび上がってくる。古い時代の書物を読み解き、その中から取り上げたエピソードに、ユーモア感覚も窺える。分厚い本を手に、読むぞ!と気合いを入れた甲斐があると満足すること間違いなしだ。