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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

"読まない字は書かないようにフランス国へ申し込んだらどうだろうか"という発想にびっくり

『旅行記でめぐる世界』(前川健一・文春新書・H・15)というタイトルに、どんな旅行記を取り上げているのかなと目次を見たら、安岡章太郎の『アメリカ感情旅行』があった。(オッ、これは)と読み始めたら、期待以上の優れものであった。

海外旅行自由化以前からごく最近までの、著者いわく"「私好み」"の旅行記を選び、それぞれの時代の旅行事情及び状況から、個人や社会を考察しているのだが、エピソードの切り取り方にセンスが光る。

第1章(2)有名人の旅に出てくる画家中川一政の『モンマルトルの月』には、とりわけびっくりした。横に"旅する年齢"とあって、別にユニーク話の披露を意図しているわけではないのだが、私の眼前には、画家の個性が強烈にクローズアップしてきた。

ブラジルからフランスに渡る船の中で、妻にメニューを読んでもらいながら、

"「驚くべし。・・・何故フランス語はこんなに読まない字を沢山つけているのだろうか。私ごときは正直だからみな読んでしまう。日本語では読まない字などついていない。
正直な者を誤らせないために読まない字は書かないようにフランス国へ申し込んだらどうだろうか。どうもフガフガで気にくわない。

ところが、中川がフランスに着いて、フランス語を耳にすると、その優雅さに魅了される。その「優雅さ」は、「読まぬ文字から発せられるのではないかと思う」ようになり、「それゆえ、フランス国へ忠告を暫く見合すことにした」のである。"(P・23〜4)

"読まない字は書かないようにフランス国へ申し込んだらどうだろうか。"って、こんなこと考える人がいるんだと、その発想に心底驚いた。"正直な者を誤らせないために"って言うが、"私ごときは正直だからみな読んでしまう。"というように、だいたいが自分が間違えてしまうからに過ぎない。

こんなユニークな人の書く絵はどんなだろうと、早速画像検索してみると、さまざまな絵の中に、赤と黒の出目金の銅版画があった。飛び出た目に好奇心がいっぱいの金魚は、この文章にはぴったりだ。

と、私の頭はちょっと本から離れてしまったが、ともかくこのように、旅行記の中のほんの僅かな部分にスポットを当て、その人物像をくっきり浮かび上がらせる。その光の当て方がこちらのツボに合致するものだから、どんどんのめり込んでしまう。ちなみに、この著者自身の旅行記も、ぜひ読んでみたくなった。

ところで、倉沢愛子著『二十年目のインドネシア』は、かつて貧乏留学生として滞在した国に、その二十年後、日本大使館の職員として赴任したところ、見えてくる光景がガラリと変わってしまった例として、とても興味深い。

他にも幾つか気になる本があって、まさに、旅行記で世界を巡っているような気になる。