照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

心が温かさで満たされる本 原田マハ著『キネマの神様』

NHK第一ラジオで、毎週日曜日の夜7時20分から放送されている「新日曜名作座」という番組がある。ニュースの後、何気に聞いていると案外面白かった。それからは、時間がある時はだいたい聞いている。

一冊の本をドラマ仕立てにして、ほぼ6回くらいで終える。出演者は、西田敏行竹下景子のお二人で、役によって声音を変えている。ここで取り上げられるのは、私には初めての本ばかりだ。

ある時は、原田マハ原作『キネマの神様』であった。全6回の内、2回ほど聞き漏らしたが、内容は何となく追える。いい本だなと思って、電子版で購入した。一度聞いたストーリーを、改めて読みたいと思ったのは初めてだ。

それまで、作家の存在すら知らなかったが、「マハ」というペンネームも、ゴヤ描く「着衣のマハ」や「裸のマハ」と重なって気になった。経歴によると、ニューヨークの近代美術館で、キュレーターの経験もある方であった。それでと、「マハ」に頷く。

読み終えて、著者の、人への眼差しの温かさにジンときた。作品の中でローズ・バットがゴウの映画の見方を評して言う、映画の良い部分だけに光を当てているという言葉は、そっくりそのまま、著者の人物の描き方に表れている。

物事にも、人にも、良い面と悪い面は背中合わせのようにある。だが著者は、良い面をより掘り下げてみせてくれる。その結果、人間って、捨てたものじゃないなと思わせられ、ついほろりとしてしまう。それは市井の人々のドタバタにほだされるだけではなく、その底に一貫としてある著者の人生哲学に、強い共感を覚えるということでもある。

本を読みながら、映画を見ているかのごとく、目の前に情景が次々に浮かんでくる。それぞれの洋服や顔形まで見えてくるので、親近感さえ覚える。そして登場人物たちはただ優しいだけではなく、その背後に、厳しさ強さをも伴っている。時には弱さも垣間見えて、いちいち共感してしまう。

こんなの全部、現代版のおとぎ話だよという声が聞こえてきそうだが、そうだろうか。心の奥の声にじっと耳を傾けてみたなら、そう在りたい自分がいるはずだ。実現できていないからこそ、心に灯がともるようなお話を求めるのかもしれない。そして暖かくなった心が、誰かにその灯を手渡せるように、一歩踏み出せたら尚素晴らしい。

世の中には、自分がまだ出会えないでいるいい本が、いっぱいあるのだろうなと思う。特に、仕事や日々の暮らしに追われた時、息抜きするにはぴったりな本だ。心の中が温かさで満たされる。