ファンタジーの世界への入り口を見つけたらーちょっと覗いてみませんか
「あんた、ピノッキオかい?」と、ベンチに腰掛けている僕に向かって、山吹の茂みから不意に現れた、まるでオールドアリスみたいな老嬢が唐突に尋ねてきた。
「エッ・・」と僕は、何が何だか分からぬまま言葉を詰まらせた。だって、僕の顔には、どこにもピノッキオの要素がない。だいいち、丸っこくて小ぶりのお団子みたいな僕の鼻は、あのピノッキオの細くて長い、とんがった鼻とは、全然違う。じっくり見比べなくても、一目瞭然とはこのことだ。
「違いますけど・・」と、僕が言いかけると、
「だってその帽子、ピノッキオのじゃないのかい」と言う。僕は、ピノッキオの帽子について、ありったけの記憶をひっくり返してみたけれど、今僕の頭の上に乗っているのは、多分そのどれとも違う気がする。だいたい、ピノッキオみたいな帽子、被っている人見たことがない。
それよりも僕は、顔ではなく、帽子がピノッキオみたいということに、少しだけホッとした。この人は、僕の帽子とよく似たのを持っているピノッキオと呼ばれている誰かと、間違えているだけかもしれない。それとも・・と、考えを巡らせかけた途端、またもや先を越された。「私は、別に変な人ではないよ」
(じゃあ、100年後のアリスですか)と聞きたいところだったけれど、言葉にはしなかった。それはどう考えても、初めての人に対してはあまりに失礼すぎる。ショックでひっくり返られたりでもしたら、その方がずっと厄介だ。それよりも、あまり関わらないで、黙ったままの方が良さそうだと判断した。頃合いをみて、ベンチから立ち上がってさよならすればいい。
するとまた、「私は、アリスでもないよ」と言う。もしや、僕の頭に浮かんだことはすべてお見通しなのか。そんな訳ない。知らんぷりしているつもりだったけど、(まったくこの人は何者)と、ちょっとだけ興味が湧いてきた。アリスにしては言葉が少しぞんざいだけど、本当におとぎの国の住人で、もしかするとあの茂みの中に、時間を往き来できるトンネルでもあるのかもしれない。
面白そうなので、少しだけピノッキオのつもりになってみることにした。どうせピノッキオは、ゼペット爺さんが作った木の人形だ。僕がピノッキオだって構いやしない。時間はたっぷりある。ゲームの始まりだ。
「じゃあ、チェシャ猫、それとも白ウサギなの」と、聞いてみた。
「私が、猫やウサギに見えるんなら、やっぱりあんたはピノッキオだね」と、老嬢は答える。
「そうだけど、僕に何かご用」
ベンチに座って山吹の花を見ていたら、その茂みの中に、ファンタジーの世界への入り口があるように思えてきた。果たして物語は始まるのかどうか。扉を開けるのは、どうぞご自身で。