チェーホフ先生の迷惑げな顔をいつでも心に留めておきたい
「井伏鱒二のふるさと」に出てくる、(『晴れた空 曇った顔』安岡章太郎著・幻戯書房・2003年)ソ連を旅行したとき、トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフなどの住居跡や別荘を見学して回る話がなかなか興味深い。(但し、50年以上も前のことだ。)
国家に保存され博物館のように公開された場所なので誰にも迷惑がかかるわけではないと思いながらも、
"ヤルタのチェーホフの別荘に、小学生の修学旅行団やら何やら、観光客が大勢列をつくって詰めかけていたなかに混じって、「これがチェーホフ先生の愛されたバラであります」というような説明をきかされながら、小じんまりとした家の中や、庭の花壇を通りぬけたときは、何か地下のチェーホフ先生の迷惑げな顔つきばかりが浮かび、いかにも自分が無残で無意味なことをやっている気がした。・・・作品の鑑賞には何の足しにもなろうとは思われなかったのである。"(P・41)
ドストエフスキーの暮らしたと思しき今では廃墟のようになっている住居では、案内してくれた研究家が、この部屋で、『罪と罰』の金貸しの婆さんが殺される場面を書いたらしいと言う。聞きながら何の気なしにドアを開けたら、思いがけず住人がいて、その垢だらけの服を着た老婦人にバタリとドアを閉められる。何ともいえぬ恐ろしさに、本能的に慌ててその場を逃げ出すのだが、
"私はそこへ行ったことで、ドストエフスキーの持っている何かが肌身に触れるように感じられたのは、なぜだろう?チェーホフが座った椅子を眺めても、トルストイが散歩した道を歩いても、決してこういう触れ合いは感じられなかった・・・。(P・45)
後年、思い立って井伏鱒二さんの生家を見に行くのだが、近づくにつれ、チェーホフ先生の迷惑げの顔やら、ドストエフスキーの住居でうっかり顔を合わせた老婦人の顔やらが浮かんできて、
"私は別段、そのような他人迷惑な触れ合いを期待して、井伏さんの生家"(P・45)へ出かけたわけではなかった。そして、知らない者がいきなり訪ねて行って怒鳴られたらどうしようと逡巡したあげく、帰ろうとする。と、ちょうどその時、中から出てこられた井伏鱒二の甥の奥様に、思いがけずも丁寧に中に招じ入れられる。
読んでいると、そこかしこに安岡章太郎さんの困惑気味の顔が浮かんできて、ほのぼのとしたおかしみを感じる。
ところで、"チェーホフ先生の迷惑げな顔"という感覚は、今や持つ人の方が少なくなっているだろうなと思う。それどころか興味本位だけで、許可されていない場所にだって踏み入ろうとする輩が溢れている。
週刊誌などがいい例で、"他人迷惑な触れ合いを期待して"いるのがありありだ。せめてもう少し、相手への想像力を働かせたいものと嘆かわしくなる。その都度、せめて自分は、"チェーホフ先生の迷惑げな顔"を忘れないでいたいと思う。