四国うどん巡りへ本日出発
旅 1
美しい絵葉書に
書くことがない
私はいま ここにいる
冷たいコーヒーがおいしい
苺のはいった菓子がおいしい
町を流れる河の名は何だったろう
あんなにゆるやかに
ここにいま 私はいる
ほんとうにここにいるから
ここにいるような気がしないだけ
記憶の中でなら
話すこともできるのに
いまはただここに
私はいる
(谷川俊太郎詩集・現代詩文庫27より)
旅先でカフェの椅子に座っていると、"私はいま ここにいる"と、好きな詩の一節がふいと出てくることがある。そこは旅先でありながら、いつもの場所のようでもあるという、非日常の空間へ、日常からポンとワープしただけという思いにとらわれた時だ。
だが、やはりそこは日常の風景ではない。"美しい絵葉書に書くこと"はないが、今はそこにいて、ただその街を全身に受けとめている。
"記憶の中でなら
話すこともできるのに"
やがて、自分に取り込んだ諸々が、濾過された言葉となって溢れでる。自分の言葉になるまでは、記憶の中に寝かせておくよりない。
と、カッコつけながら、"苺のはいった菓子"の代わりに、ネギがたっぷり乗ったうどんを求めて、本日から4日間、四国へのうどん行脚に出る。
ズルズルうどんを啜る光景は、"私はいま ここにいる"というちょっぴりお澄ましなフレーズとは似つかわしくないだろうとツッコミが入りそうだが、それもご愛嬌。"冷たいコーヒー"ではなく、それぞれの店の汁に舌鼓をうってくる。うどんと一緒にその味を、記憶の中で再現できるかどうかが問題だ。ではいってきまーす。