照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

いくら見た目を取り繕っても自分の素は隠しきれないー日頃の行いがものを言う

先日銀行で、用事が済むまでの間、国会中継を見た。国会中継は、テレビを持っていた頃でも見たことがなく、初めてだ。以前、たまにニュースの時間に流れるのを目にしても、正直関心が湧かなかった。

今回も、どうせつまらないだろうと思いながらも、いつ名前を呼ばれるか分からないのでそのままテレビに目をやっていた。テレビから離れた椅子に座っていたので、声はあまりよく聞き取れない。だが、答弁する大臣の顔を眺めているうちに、その表情を見ているだけでも、これは案外面白いのではと思えてきた。

また、質問する人やその周りでたまたま画像に入っちゃっている人と、それぞれの表情やしぐさ、着ているスーツやネクタイにも興味が湧く。これはまさに、人ウオッチングのちょうど良い機会だと、番号を呼ばれるまでそのまま見続けていた。

やがてテレビを離れても、これをきっかけに、さまざまな場面での人の様子などが思い出され、ついには、今回銀行で対応してくれたロビーや窓口の人にもウオッチングが及ぶ。

人は、見た目が9割とか全てとかいろいろに言われるが、それは、漠然とではあっても相手を意識している時の見え方だと思う。だから逆に、自分がどう見られたいかさえ心得ておけば、相対する人に好印象を与えることも可能だ。だが人は、想定していることには構えて臨んでも、ちょっとしたところに素顔がのぞく。

相手の性格や本心がどうあれ、日常での関わりが薄ければ、自分には何の影響もない。でも、ひとたび何か繋がりができると、相手の人柄は重要なポイントに浮上してくる。私が今回、リフォームをお願いするにあたって数社に見積りに来て頂いた際も、ことさらそのことを感じた。やはりお金が絡むと、任せられる人かどうか、見た目だけで相手を判断するわけにはいかない。

やがていろいろ話しているうちに、相手の素がチラチラ顔を出す。やはり、いくら取り繕っても、日頃の行いがものを言うと改めて感じた。そしてこれは、私こそ気をつけねばならぬことと、厳しく自分に言い聞かせたなり。