メリダでローマ遺跡をみたのをきっかけに関心は古代ローマへと
今、スペイン語学習と並行して熱中しているのが、『ローマ人の物語』(塩野七生著・新潮文庫)だ。メリダ(スペイン)で数々のローマ遺跡に触れ、どうしてここにこれほど見事なローマ劇場や円形劇場が作られたのだろうという疑問が発端だ。
私には、古代ローマについての知識がほとんどない。ユリウス・カエサルをはじめとしてブルータスやアントニウスについては、シェークスピア作品で馴染んでいるに過ぎない。
ルビコン川を渡った時カエサルが発したという「賽は投げられた」や、暗殺された際の「ブルータス、お前もか」という言葉の背景までは、正直深く知らなかった。ちなみに、皇帝の名だってすぐに思いつくのはネロやハドリアヌスくらいだ。
かつてローマで、コロッセオやフォロ・ロマーノを感激しつつ見学した割には、その後はそれらについてなんら調べようともせず、まったくその時限りで終わってしまっていた。
だが今回メリダで、こんなハゲ山に囲まれた地が、ローマにとってなぜ重要だったのかと感じたことは、旅を終えてからもずっと心に引っかかっていた。
それでまず手にしたのが、『ローマ人の物語』のうち、「賢帝の世紀」上・中・下の3巻だ。トライアヌス・ハドリアヌスと、セビーリャ近郊のイタリカ出身の皇帝に興味が湧いた。この二人は、初めての属州出身の皇帝だ。実は、今回旅程の都合でパスしたのだが、イタリカには行ってみたいと思っていたくらいなのだ。
読み始めたら面白くて、やっぱり帝国の基礎作りを手がけたユリウス・カエサル(6巻)から読まなければとなり、次いでローマ帝国初代皇帝アウグストゥス(パクス・ロマーナ・3巻)、悪名高き皇帝たち(4巻)と進んできた。
これも著者が、当時から現代に至るまでに書かれたあらゆる書物、及び目にできうる限りの碑文や硬貨などを、最新の注意を払って読み解き、あるいは現地に幾度となく足を運び、その時代や人物像を再構築したうえに著者独自の視点も加え、くっきりと描き出してくれたおかげだ。
連続ドラマを見ているようで、もう一冊、もう一冊と夢中になっているうちに、最初は、こんなにあるのかと手を出し難く思っていた文庫本全43巻のうち、16巻までを読了した。タイトルに物語とうたっているだけあって、堅苦しい歴史書とは異なるが、それでいて2千年前が間近に感じられ、ヨーロッパの歴史も、地形と共にスルスルと頭に入ってくる。
"アウグストゥスはサラゴーサとメリーダにはとくに、多数のベテラン兵を入植させての植民都市を建設した。"(パクス・ロマーナ[上)]14・P・106)
とあって、だからなのかと納得した思いだ。
ガイドブックには、
"メリダは、紀元前25年にローマ帝国の属州ルシタニアの州都として建設され、トレドとリスボン、そしてセビーリャとヒホンをつなぐ「銀の道」の要衝として繁栄した"そしてローマ劇場については、"紀元前24年にアウグストゥス帝の娘婿アグリッパによって築かれた。"とある。(『地球の歩き方・スペイン』P・166より)
ちなみにこの道は、名の由来ともなっているようにかつてヒホンから銀が運ばれた。また、サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の道の一つでもある。フランスから入る巡礼の道はよく映画のテーマにもなるが、他に幾つもあるなんてまるで知らなかった。
ところでアグリッパとは、カエサルが自分の後継者と目していたオクタヴィアヌ(アウグストゥス帝)には、軍事面での才が欠けていると見抜き、彼の右腕となるべく配した人物で、アウグストゥスとは同年だ。
しかもアグリッパは、"・・首都生まれの貴族どころか、イタリアの地方の低い出自であった・・"(パクス・ロマーナ[中]15・P・116)という。
しかしカエサルは、共に17歳だった少年それぞれに、後年発揮されることになるその能力を早くも見いだしていたとは、まことに天才の慧眼恐るべしだ。
また著者は、本の表紙(パクス・ロマーナ[中]15)にある銅貨の説明、「カバーの銅貨について」で、
"このセステルティウス銅貨の顔は、アウグストゥスの右腕と言われたマルクス・アグリッパ。この男の生涯を通じての協力がなければ、帝政への移行は不可能であったろう。"
と述べておられる。
アウグストゥスは、深く信頼していたアグリッパを、ついには自分の娘婿にも迎える。しかも、結婚していたアグリッパを離婚させ、その妻にも再婚先を用意する周到さだ。そのアグリッパがあのローマ劇場を作ったのかと、改めて感慨深い。
いやあしかし、メリダとはそういう所だったなんて、先に『ローマ人の物語』を読まなかったことが悔やまれる。歴史を知ってから遺跡を訪れた方が、面白味もグンと増すのにと、まったくもって残念だ。
また、サラゴサでもどこでも、硬貨などの出土品はサラッと眺めただけで済ましたが、いかに時代を雄弁に語っていたことかと、今になって自分の無知を嘆く思いだ。
それにしても急に沸き起こった私の古代ローマ熱、今しばらくは続きそうだ。カエサルの描いた青写真には驚くばかりだが、それを着々と進めていった賢帝、あるいは危機を招いた愚帝取り混ぜて、やがてどのように衰退していったのか、帝国の行方が最後まで気になる。
旅に出て、その地への興味が深まり、かつそれを満たすべく書物に当たる過程が、これほどもワクワクするとは、これもまた旅で、未だその途上なのかもしれない。
ともあれ、この本に出会えたおかげで、これから私の旅に臨む気持ちがかなり変わりそうだ。知識を手にあちこち回れば、旅が更に豊かに膨らむだろう。
これは誰だったのだろう( メリダ 国立ローマ博物館)