照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

自分なりのスタイルを持てるかどうかが人の生き方を決定づける〜スティリコの場合

ローマ人の物語 ローマ世界の終焉[下]43』(塩野七生新潮文庫)までを、ユリウス・カエサル以前の7巻を残して読み終えた。

 

その直後私の胸に去来したのは、もちろん全員がそうだったとはいえないが、概して、皇帝というのは大変な仕事だったんだなということだ。またそれは皇帝ばかりではなく、帝国末期の実質お飾りのような皇帝を、右腕として支え続けた側近にも、なぜそこまで忠誠を尽くしたのですかと尋ねたくなるほどだ。そして結局、これらローマ人の物語を通してつくづく思うのは、人の生き方についてだ。

 

2千年という時を遡って古代ローマまで行き、会ってみたいと思わせる人は何人かいるが、その筆頭がユリウス・カエサルだ。また、同時代人からは評判が悪くも、後世になって俄然評価が上がった2代目皇帝ティベリウスにも興味が湧く。

 

それに、個人的な魅力からは程遠いが、甥の死で、本人だけでなく周囲の誰もが想像だにしなかった皇帝の地位に据えられた4代目皇帝クラウディウスや、帝国末期(4世紀)にこれもひょんなことからお鉢が回ってきた皇帝ユリアヌスの意外な健闘ぶりに、人には与えられた役目をこなす力があるのだなと感心する。

 

殊に、 帝位を簒奪するつもりなら能力も十分にあり、かつ部下の信頼も厚かったというスティリコという人物に、なぜ皇帝ホノリウスを見捨てずに奮闘したのかと、前皇帝に頼まれたからというだけでは今ひとつ納得できない思いが残る。


"紀元395年に皇帝テオドシウスが病死した後、18歳のアルカディア(東ローマ帝国皇帝)と10歳のホノリウス(西ローマ帝国皇帝)が託されたのは、先帝にとって"有能で忠実な右腕であったスティリコ"(『ローマ人の物語 ローマ世界の終焉 [上]41』P・27)であった。

 

それから10年以上経っているというのに、帝国の西方を任されたホノリウスは、残されている像を見るだけでも一目瞭然のダメっぷりで、24年の在位の後亡くなってから、"人の役に立つことは何ひとつしなかった"と評されるのも頷ける。だが、お気楽さんは皇帝ホノリウスだけでなかった。

 

"皇帝とその周辺はオリエントの専制君主をまねて贅沢になる一方、高位高官たちも職権を乱用して蓄財に走り、キリスト教の司教さえも派手な生活ぶりが良識ある人々の眼をそば立たせていた時代、スティリコの清廉潔白は、彼に反対する人々さえも認めざるをえない美徳と讃えられていたのである。・・・自分の食事よりも、兵士たちの食事のほうに気を配ったのである"(P・186)

 

帝国末期、国力がかなり低下している中で、押し寄せてくる蛮族から国を守ろうと頑張っているのは、スティリコとその配下の兵士だけのようにも思える。

 

"しかし、人間とはしばしば、見たくないと思っている現実を突きつけてくる人を、突きつけたというだけで憎むようになる。"(P・201)

 

スティリコは、アラリック率いる西ゴート族といわば傭兵契約のようにして同盟を組もうとしたことが発端となって、ついには逆賊の汚名を着せられ、処刑されてしまう。ちなみにその半年後、西ゴート族による凄まじい"ローマ劫掠"が起きる。


しかし、ヴァンダルという北方蛮族の父とローマ人の母という半蛮族であったスティリコは、"起たなければ破滅する"と分かっていても、忠誠を誓った皇帝に弓を引くことはしなかったのはなぜだろう。

 

"今兵を挙げようものならそれは即、ローマ帝国を倒すことになる。そしてそれは、「ローマ人」ではなく、「蛮族」として行動することを意味していた。これが彼には耐えられなかったのだ。四十八年間の「ローマ人」の後で「蛮族」にもどることが、耐えられなかったのであった。"(P・217)

 

結局それは、"人間には絶対に譲れない一線というものがある"と著者が言うところの、その人の核を成すもの、それがスティリコを律していたのだ。

 

"もしかしたら人間のちがいは、資質よりもスタイル、つまり「生きていくうえでの姿勢」にあるのではないかとさえ思う。そして、そうであるがゆえに、「姿勢」こそがその人の魅力になるのか、と。・・・他の人から見れば重要ではなくても自分にとっては他の何ものよりも重要であるのは、それに手を染めようものなら自分ではなくなってしまうからであった。"(P・217〜8)

 

結局、自分なりの"スタイル"を持てたかどうかで、人の生き方が決まってくるのだと思う。だから皇帝たちの統治の仕方にも、それが表れてくるのだ。また、この"スタイル"は、人の上に立つものばかりではなく、いつの時代の誰にとっても、持てるか否かで、その人が輝くかどうかが決定的に違ってくるような気がする。

 

古代ローマの誕生辺りはまだ未読だが、ともかく非常に読みごたえがあって面白かった。文庫本で全43巻に恐れをなして手に取らずにいたが、もっと早くに読んでいればよかったと思う。それも、旅する前であったら尚よかったのにと残念だ。でも逆に言えば、なぜメリダにこれほど見事なローマ遺跡がと思ったからこそ興味を持ったのだから、私にとっては順当かもしれない。

 

ところで今度は、西ローマ帝国消滅の頃から始まる、『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年』(全6巻)を読みだしたところだが、こちらも楽しみだ。