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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

自分の感性を磨く 小さな事からでも

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先日名古屋へ行くため、久しぶりに新幹線を利用した。曇り空に富士山は無理としても、多少の山なみを楽しもうと、大阪へ向かって右側の座席を選んだ。だが、通勤列車並みの過密ダイヤでは、上り列車とのすれ違いが頻繁で山など望む雰囲気ではなかった。点と点とを最速で結ぶだけの東海道新幹線には、もはや道中の風景を眺めながら行くという旅感は期待できない。
 
来年には、金沢まで新幹線が延びる。これによりおおよそのポイント地点へは、全国どこへでもすばやく移動できるようになった。仕事で利用する人には、少しでも早いに越したことはないのだろう。旅の過程を楽しもうなんて悠長な人間など、切り捨てられてしまう。ふと、「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」 という交通安全のスローガンが浮かんでくる。時には追い立てられるような時間から、距離を置いてみる事も必要だ。
 
通勤列車になった新幹線 から見る沿線の景色は、どこもかしこもリトル東京になっていてつまらない。その街の顔が感じられない。ちょっと降りてみたいと思わせる街など、数えるほどだ。街の景観はとても大事だ。だが、そのような意見など吹き飛ばされてしまう。そして画一的な街には画一的な人が増えてゆく。自分と違う事を許さない余裕のない人が多くなる。その挙句、皆がだんだん息苦しくなるばかりだ。
 
これが、私たちが望み続けた先にあるものなのか。豊かな社会というものであろうか。そうではないと思う。経済発展って何のため、誰のためという疑問に立ち返って、皆が考えるべきだと思う。小学生のようだと思われてもいい。素朴な問題意識を持ち続けて、自分で考える事が大事だ。テレビや新聞で解説されるもっともらしい意見に同意して、頷くだけでは何も生まれない。3月11日の地震の日から今日まで、どれほど多くの重要な事が隠されてきたか。それさえも、人は次第に慣れて怒りの炎を消してしまう。だが、おかしいと感じた事は、その正体がわかるまで考えていたい。
 
時折、茨木のり子の「内部からくさる桃」の一節が浮かんでくる。
   ひとびとは
   怒りの火薬をしめらせてはならない
   まことに自己の名において立つ日のために
   (現代詩文庫20 茨木のり子詩集 思潮社
 
私はいつも、考える事を放棄せずにいたい。どのような状況であれ、自分の目で見て考えることが重要だ。考える事を他者に委ねずにいたい。そのためには、自分の感性を絶えず磨き続けることだ。”まことに自己の名において立つ日のために”