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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

ごまめのつぶやき

書く効用
毎日、毒にも薬にもならないことを書いていると、我ながら半ば呆れる。主張したい事をオブラートで包まず、はっきりと強い調子で書いた方がインパクトがあるし、かつ伝わるかもしれない。罵詈雑言のような酷い書き方をもてはやすような、流れもある。それでも私には、伝えたい事や日々思う事を、もっと刺激的な言葉で綴りたいとはどうしても思えない。むしろそのような流れからは離れていたい

時には、スカッとするような威勢のいい啖呵が心の中に渦巻くこともあるが、後々に、収めておいて良かったと安堵することもしばしばだ。ひとたび放たれた言葉は、取り戻すことはできない。まして書き残してしまったら、ひとり歩きしてしまう。そして、人へ不快な思いを残すよりは、我が身へ深く突き刺さっていつまでも抜けなくなる。

決して善人に見られたい訳ではなく、ブーメランのように自分へ返ってくるのが怖いだけだ。それに、思いを激しく吐露すればするほど、実際より過激になってしまう傾向がある。魂が汚れる気がして、自分では、汚い言葉や乱暴な言葉は、やはり使いたくない。

結局、自分らしい表現の仕方しかできないということになる。また、世の人の役に立つような気の利いた考えも浮かばない。日常生活で感じるささやかなことを、ひっそりと表明するだけである。

愚にもつかないことを、何が楽しくて書き続けているのかと思う時もあるが、時代遅れの、幼稚な意見の人間がひとりくらい居てもいいだろうと、多少開きなおっている。例えは異なるが、ごまめの歯ぎしり的呟きだ。ごまめにだって意見はあるが、か細い声は大多数の人に届かず、泡となって消えているだけだ。そんなことを考えながら、今日も言葉を紡ぎ出す。