照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

ロンドンで浮かれる母さん 初ヨーロッパ②

夕方、ロンドンのホテルに着くと、部屋に荷物を置いて早速ホテルの周りを歩いた。初ヨーロッパに浮かれた母さんは、ロンドンの人たちの真似をして、信号無視でどんどん道を渡る。僕と弟にも着いて来いと言うが、沢山の車に少しヒヤヒヤする。来たばっかりで、事故に遭うのは嫌だ。

案の定、へなちょこ母さんは、道の真ん中で立ち往生している。だから危ないと言ったじゃないか、轢かれるよと僕が注意しても、えへへと笑っている。少しは反省してほしいものだが、調子に乗っている母さんにはあまり効き目が無さそうだ。でもこの一件で、弟は、誰についていれば安全か、しっかり覚ったようだ。やはり頼りになるのは、お兄ちゃんの僕しかいないだろう。

翌日は朝一番に、トラファルガー広場へ行った。僕らが噴水の側に立っていると、おじさんが近づいてきて写真を撮ってやると言う。3人並んで、ライオンをバックに撮ってもらった。

撮り終えるとおじさんは、20ポンドと代金を要求してきた。母さんは、5ポンドと言う。おじさんが何を言っても、5ポンドオンリーと繰り返すだけの母さん。何しろ母さんは、それしか言えないのだ。おじさんも仕方なく10ポンドと値下げしてきた。母さんも、ようやくそれで承知する。そして、手帳に住所を書くように言われた母さんは、ローマ字で書き始めた。横からおじさんが、ミセスも入れるようにと言ったが、忘れたらしい。まあいいだろう。

この後、地下鉄に乗って大英博物館へ向かったのだが、母さんはだんだん静かになってしまった。そして何をを思ったか、横断歩道の途中で急に怒りだした。ああ、私騙されたんだわ、写真なんて、送ってくるはずがないと嘆く。馬鹿だったわと繰り返すが、すでにお金は渡してしまった。おまけに、トラファルガー広場からはだいぶ離れた所まできている。今までずっと考えて、やっと気づくなんて、時間がかかりすぎじゃないだろうか。

怒ってスッキリしたのか、それとも、やっぱり諦めるしかないと思ったのか、立ち直りが早い母さんは、大英博物館へ着くなりもうケロリとしていた。僕もほっとした。

*日本へ帰って一月が過ぎた頃、思いがけずエアメールが届いた。封筒の中には、笑っている母さんと僕らの写真が3枚入っていた。封筒の真ん中には、母さんが書いた住所が、そのまま破いて貼られていた。

写真を見た母さんは、お金無駄にならなかったわねと喜んでいた。そして、誰でも旅の洗礼は受けるものなのよと言う。母さんの場合、浮かれていたし、ただの注意不足のような気もしたが、黙っていた。僕にはよく解らない。

あのおじさんも、変な親子連れなんかに声をかけなければよかったと思いながら、写真を送ってくれたのだろうか。ちなみにガイドブックには、写真など絶対に送ってこないので気をつけるようにと書いてあった。でも、そんな大事な情報に気づく母さんではない。いろいろなケースがあるのかもしれないが、ともかく写真が来てよかったと、僕も嬉しかった。何しろ僕は、見守り隊長なのだから。