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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

もしも猫語が話せたら楽しいだろうな

時々ツイッターに流れている猫の画像に、可笑しくて笑いが止まらなくなることがある。

狭い筒状の入れ物に身体をすっぽり収め、顔だけ出して平然としている猫。どうしてそんなアクロバット的なことをするのというほど、身体をわざわざよじって餌を食べたり、広い入り口は無視して狭い所から出入りする猫。人間の眼からすれば、どう見ても無理しているでしょうと思えるのだが、どうってことありませんよとでも言いたげに涼しい顔をしている。

単に猫の習性なのか。それとも、普通に楽な方法を選んでは、猫の沽券にでも関わるのだろうか。もしくは、人間が楽と思っているだけで、猫からすれば、大した違いはないのだろうか。

猫語が解せない私には、聞くこともできない。もっともそれ以前に、私は猫を飼っていないし、猫を飼っている知り合いもいないので、猫とコミュニケーションをとる機会はまず無い。それにだいたい、私が犬猫に触れていたのは小学校高学年の頃までで、それ以降動物は苦手になった。今は、猫の画像で、十分楽しませて頂いている

先日も、椅子の上に立って、テレビ画面を見ては、自分の後ろにいる飼い主を振り返るという動作を、何度も繰り返している猫の動画に、(何が気になるの、何を確認しているの)と聞いてみたい気がした。猫は猫なりに、不思議を追求していたのだろうか。まったく猫の行動は、人間には計り知れないほどユニークだ。猫も同じことをつぶやいているかな。