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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

彼岸花によせて

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成人式の振り袖を思わせる艶やかな姿

そういえばここの蕾もそろそろかと、通りがかりにふと目をやれば、すっかり美人さんになっていた。雨の中で艶やかに立つ彼岸花、傍にはデビューを控える妹たち。

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デビューに向け準備も万全の妹たち

スッーと伸びた細い茎に、重たげな真っ赤な花は毒々しくて、以前も書いたことだけど、子どもの頃はこの花が怖くてたまらなかった。臆病者の私は、明るい内でも墓地の横を通るのが苦手なのに、秋にはこの花が顔を出し、更に恐怖を煽った。

暗くじめっとした場所で、不意に出合ったというような記憶ばかりが強い彼岸花に、暗闇から浮かび上がる鬼女がイメージされるのは、恐怖心の残像か。そのためずいぶん長いこと、カラッとした明るい印象からは程遠いこの花に関心が向かなかった。だが通勤の折、線路沿いの土手に並ぶ愛らしい姿を目に留めて以来、赤の怖さが美しさに変わった。

子どもの頃の闇(私には恐ろしい事の全てであるが)の記憶と深く結びついていた彼岸花も、そのような闇の消滅と共に、怖さなど今やすっかり払拭されてしまった。夜の闇はもちろん、陽の光が届かないほど大木が重なりあった薄暗がりも嫌いであったが、そのような場所は、今、私の生活の範囲にはない。

実際、実家を訪れた時、近所を歩いてみても、かつて鬱蒼としていた場所をはじめ、どこもかしこも明るく晴れ晴れと様変わりしている。変わったのはとっくの昔なのに、子どもの頃慣れ親しんだ環境が、いつまでも自分にとっての田舎の基準になっていて、闇など少しも感じさせない明るさが、むしろ不思議に思われる。

もし自分が、この明るさの中でまさに今育ちつつあるとしたら、彼岸花もちっとも怖くないかもしれない。都会と違って夜の闇の濃さはそのままだが、その暗さに対する受け止め方も、かつてとは違ってきている気がする。

ノスタルジアと言われればそれまでで、また臆病者の私が言うのも憚られるが、闇への畏れも、人が育つ過程では大事な気がする。それとも、闇の中からボワッと浮び出た彼岸花が、晴れやかさとは別の世界へ誘ってくれるのはやはり恐ろしすぎるかな?