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照る葉の森から

旅や日常での出会いを、スケッチするように綴ります。それは絵であり人であり、etc・・・。その時々で心に残った事を、私の一枚として切り取ります。

奈良の苔寺ー秋篠寺を訪ねる

大和西大寺駅から、歴史の道を通って秋篠寺まで行ってきた。田圃が広がる先に山門が見えてきて、ずいぶん長閑なところにあるとその門をくぐれば、雰囲気がガラッと変わる。だいぶ先まで、美しい苔庭が広がっていた。

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秋篠寺 山門

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秋篠寺 苔庭

だが、ここはかつての伽藍跡ということだ。拝観受付で頂いた秋篠寺沿革略記によると、
"1135年の兵火により大部分を焼失、その後鎌倉時代以降、現本堂の改修や諸尊像の補修等行なわれたが、・・・明治初年の廃仏毀釈で寺域の大半を奪われ・・・、自然のままに茂る樹林の中に千古の歴史を秘めて佇む現在の姿を呈するに至っている。"(要約)
とある。

しかし、廃仏毀釈って、まったく何と馬鹿げたことであったかと今更ながら残念に思う。仏教が外来の宗教とはいえ、日本に伝わってから明治時代までには、既に千年も経っていたというのに・・・。そんなことを考えながらお堂の前に立つと、

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秋篠寺 本堂

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"いい場所にありますね。
白壁と格子の使い方がシンプルです。
・・・奈良時代型のいい穏やかな屋根です。
京都にはこういうのは少ないですね。いかにも奈良の古建築です。・・・火災にあって、鎌倉時代に入ってからの再建が今の建物ですが、・・・天平の外観を残していますよ。鎌倉の技術で天平の趣を残したんですね。・・・
元に戻すというのは、力も、技も、知恵もいります。"(『宮大工と歩く奈良の古寺』P・240~241)

という小川三夫さんの言葉に、雑念を離れ建物に集中する。次いでお堂に入り、"本堂と仏像の佇まいがぴたりと合う"(P・237)という「伎芸天」を拝観する。

この仏像もまた、火災のとき頭部だけが救出され、首から下は、鎌倉時代に補修されたものということだ。

"ここを見ると、鎌倉の工人も仏師も相当な力のある人たちだったと思います。・・・
技だけでなく、すぐれた感受性がないとこうはいかない。"(P・243)
と、鎌倉時代、補修に携わった人たちを絶賛している。
そして、"良い建築は、みな後の補強が上手いんです。"(P・244)とおっしゃる。

工人たちの、"力と、技と、知恵"に加え、"感受性"があったればこそ、今の時代まで、その姿を美しいままに留めてきたのだ。ともあれ、この秋篠寺は、一度は訪れてみたい寺だ。